[WBS][ロングセラー研究所] 元祖いかめし

ワールドビジネスサテライト(WBS)

今回の10連休で、行楽地へ出かけたり、故郷へ帰省されたりした方も多いとは思いますが、今日はそうした旅のお供、駅弁のロングセラーです。

株式会社いかめし阿部商店

真珠湾攻撃が行われた1941年。後のロングセラーを誕生します。

駅弁の代名詞「いかめし」です。

イカが柔らかくて、甘じょっぱいです。

イカにすごく味が染み込んで、ご飯にも染み込んでいる。

大ファン。

昔からの味。

イカに味が染み込んでいる。

森駅の名物「いかめし」。

デパートの駅弁大会では欠かせない人気駅弁。京王百貨店では2週間で2万箱を売り上げます。

発売から78年になるこのいかめし。イカの中にはたくさんの歴史が詰まっていた。

いかめし

北海道の南部に位置する森町。

漁業が盛んなこの町に元祖いかめし阿部商店はあります。

いかめしの作り方はいたってシンプルです。

職人がイカ一つ一つの大きさを瞬時に見分け、中に入れるもち米の分量を調整して詰めます。

もう30年くらいやってますね。

やっぱり「慣れ」です。

その後は一度イカを茹でてからしょうゆとざらめ糖で作る秘伝のたれで煮込みます。

秘伝のたれの配合は78年前から変わらず、レシピは存在しない。気温や湿度によって微妙な調整が必要で職人たちに代々引き継がれているという。

ずっと口伝でやっている。

製造はすべて手作り。味や工程を発売当時と変えないことがこだわりです。

阿部商店の前身は旅館を営んでいたといいます。

いかめしを考案したのは初代阿部商店の社長、阿部恵三男さんの妻、静子さん。

三代目としていかめし修行にあたる今井麻椰さん(28歳)。リポーターとして活動しながらいかめしをPRしている。

いかめしの原点ともいえる場所がこちら。

このあたりの浜でイカが大量に取れて、そのイカを使っていかめしを作った。

奥に見える森駅で戦地に向かう兵隊たちにいかめしを販売していた。

1941年、阿部商店は当時全国的に豊漁だったスルメイカに目をつけました。

特産品のジャガイモなどを中に詰め、何度も試行錯誤を繰り返したといいます。

食感が違うかな。

最終的に行き着いたのが配給制で貴重だった米だったといいます。

最終的にもち米がおなかにもたまるため、兵隊さんたちにも喜ばれたそうです。

その後、百貨店から誘いを受け1960年ごろから物産展に出店。

売り上げの90%以上を占める実演販売が始まったのがこの時期です。話題を呼び、瞬く間に人気商品となりました。

そうした中、1970年代に入るとある転機が・・・

販売が伸びる中、イカが不漁となり安定供給が困難となったのです。そこで活路を求めたのが外国産のイカ。

日本近海のイカは加熱して冷めると身が固くなりますが、ニュージーランド産は冷めても身が柔らかく、より良いみかめしができたといいます。

国産よりもニュージーランド産が「いかめし」には適している。

イカが大きすぎたり小さすぎると味がしっかり染み込まないですし、おいしいと感じられないのでイカの大きさにはこだわっています。

その後は世界中でイカの不漁もあり、度重ねる値上げを実施してきました。

値上げの影響を懸念して海外展開のほか、プロスポーツ会場での販売なども積極的に進めています。

また北海道新幹線の開業に合わせ真空パックを開発し、土産需要の取り込みなどにも力を入れています。

そんないかめしのロングセラーの極意とは?

素材と味だけはずっと変えないこと。