
株式会社タカラトミー
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ミニの女王と呼ばれたツイッギーの来日に日本中が熱狂した1967年。女の子たちを夢中にさせたある玩具が発売されました。それが着せ替え人形の定番「リカちゃん」です。
誕生から50年、今ではタレント名鑑に載るほどの有名人です。
これまで6,000万体以上販売してきたリカちゃんの人気の秘密に迫ります。
リカちゃん
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埼玉県に住む石山さん親子。娘の美優ちゃん(3歳)はリカちゃんで遊ぶのが大好き。着せ替えをしたり、ご飯を食べさせたり、母親の石山真美さんは、
女の子ができたらリカちゃんで遊んでほしいと思っていた。
親から子へと引き継がれ愛されるリカちゃん。
生みの親はタカラ創業者の佐藤安太さん(93歳)。
失敗したら倒産以外に方法はなかった。ギリギリの決断でリカちゃんが生まれた。
当初、リカちゃんを製造したのは事業の多角化を進めていた千葉県のしょうゆ醸造メーカー。発売初日に向け4,800体がここで手作りされました。
そして、バービー人形のような大きめの海外製品しかなかった当時、日本人の生活や好みに合ったリカちゃん人形は約1ヶ月で4万体を出荷する大ヒットに。
ただ佐藤安太さんは人気を持続させるための秘策を打ち出した。それがソフト戦略です。
ソフト戦略
人形そのものは一つの「ハードウエア」。新しいリカちゃんを毎年出せるわけではないので「ソフトウェア」を中心に考えていこうではないか。
例えば1968年には「いづみちゃん」や「わたるくん」といった友達の人形を発売。リカちゃんの世界をストーリーで面白く展開できるようにしたのです。
さらに、
もしもし、私リカです。
リカちゃんの話が聞けるリカちゃん電話は50年近く続くサービスです。
またファンにとって聖地と呼ばれるリカちゃんキャッスルに行ってみると、約100体のスペシャルリカちゃんがずらり。洋服や小物を選び、自分好みにリカちゃんをコーディネートできます。
リカちゃんを作って30年の博多よしのさんは、
今はいろいろな髪型の人形が多くなってきている。ヘアスタイルを整えるのが当時より難しくなっている。
今や流行りのインスタグラムでリカちゃん自ら情報を発信。この日は銀座シックスで母の日のプレゼント探し。
タカラトミーのH.G.名社長は、
リカちゃんは非常に知名度の高いブランド。拡大できるポテンシャルを感じた。
2017年3月にフランスの観光親善大使に就任したときには記者の取材にも応えました。
50年に渡って日本中の女の子たちに息を吹き込んでもらったことで、リカはこうして輝き続けてこられたんだと思っています。とても感慨深いです。
オモチャの枠を超えた活躍をするリカちゃん。
ロングセラーの極意とは?
ロングセラーの極意
「運・鈍・根」。運と周りを気にしない鈍さと根気よく努力を続けること。