東日本大震災の発生から間もなく7年です。
福島までは現在も一部の地域で帰還が困難となっています。
福島第一原子力発電所の周辺や廃炉に向けた作業は今どうなっているのでしょうか?
福島県浪江町
WBSの取材班が向かったのは福島第一原発周辺の町。
今も7つの市町村の一部が帰還困難区域に指定。
国の基準を上回る放射線量が検出されていて人の立ち入りを制限しています。
福島第一原発から北に10キロ離れた福島県浪江町。2017年3月末、帰還困難区域を除いて避難指示が解除されました。
同じ時期の2017年4月にJRの浪江駅も再開し、再起への歩みを進めています。
しかし、利用者はわずか…3月9日、昼12時着の電車で浪江駅に降りた乗客はゼロ。
駅で待機するタクシードライバーは、
タクシー利用者は1週間で3~4人。
かつて原発作業員で賑わった駅前の商店街。今、人影はなく雨が落ちる音だけが響きます。
震災前、町には約2万人にが暮らしていましたが、戻ったのはまだ500人ほどです。
震災前 | 約2万人 |
現在 | 約500人 |
放射線の関係や、ここは仕事がない。避難先で生活基盤をつくった人は戻ってこない。
福島県富岡町
原発から南へ約10キロの富岡町。
避難指示の解除から4月で1年、国道沿いでスーパーが再開するなど町に活気が戻り始めています。
JR常磐線が通る富岡駅は2017年10月に再開。
直ぐ側にはホテルもオープンしました。
富岡ホテル
[blogcard url="https://www.tomiokahotel.jp/"]
富岡ホテルの渡辺吏社長や地元出身の8人がホテルの経営に携わります。
宿泊ホテルが足りなくて、長くやれること、次世代につなげられること、ホテルしか頭になかった。
部屋の数は約70、平均の稼働率は7割でほとんどが復興に携わる人達の宿泊です。
部屋数 | 約70 |
平均稼働率 | 約7割 |
渡辺社長は震災前、この近くで食料品店を営んでいましたが津波で流されてしましました。
この辺りは田んぼがあって、民家があった。それが一気に津波で流された。フレコンバッグといって町内の除染で出たもの、何年か前はもっと重なっていた。避難指示が解除されたから徐々に「当たり前」になってほしい。
人々の暮らしを一変させた原発事故。
今、原発はどうなっているのか?
福島第一原発
取材に行くと、道路の上に表示されていた放射線量は2.006µSv/Hの国の除染基準0.23µSv/Hの約9倍です。
国道を曲がり、いよいよ福島第一原発に続く県道へ。
しかし、原発まで1.5キロの地点で、
通行証と身分証明がないと入れない。
その先には白い排気筒のような物が見えました。福島第一原発です。
2月18日に撮影した福島第一原発の敷地内、現在は除染が進み、9割以上の敷地で防護服などの装備が必要なくなりました。
水素爆発を起こした3号機では2018年中に使用済み燃料の取り出しが始まり、廃炉に向けた動きが本格化する予定です。
3号機の内部の様子、そこに「TOSHIBA」の文字が…
株式会社東芝
[blogcard url="http://www.toshiba.co.jp/index_j3.htm"]
福島第一原発の2号機と3号機の建設を手掛けた東芝、実は廃炉に向けて重要な役割を担っているのです。
ただ、廃炉を進める上で大きな壁が…
東芝エネルギーシステムズ原子力事業部の竹内努部長は、
福島の場合、最も難しいのが、状況が分かっていない中で設備をつくっていかないといけない。中がどうなっているのか分からない。そういった中で燃料デブリを取り出すことを考えないといけない。
福島第一原発では1号機から3号機の原子炉で核燃料が溶け落ちるメルトダウンが起きました。
この溶け落ちた核燃料、いわゆる燃料デブリが圧力容器の外まで溶け出しのは世界で初めてです。
この燃料デブリの取り出しが廃炉の最難関作業とされています。
燃料デブリの取り出しに向けて東芝が投入したのが…
東芝エネルギーシステムズ原子力事業部の浅野真毅さんは、
水中を遊泳するロボットというのが必要になってくるので、ロボットを開発しました。
2017年7月、水中ロボットで撮影された3号機内の映像。茶色い小石状の物体が燃料デブリだと見られています。
いち早くは色に取り掛かるため原子炉内部を調査する水中ロボットの開発に費やした時間はわずか1年。
この中に東芝の技術力が搭載されているといいます。
ケーブルを引っ張るための推進力を確保するために4つのスクリューを後ろに搭載しています。スクリューの推進力を上げるためにはモーターの出力を上げなければいけない。モーターの出力を上げるためにはモーターを大きくしないといけない。でも、このサイズに収めないといけない。これが今回の大きな課題で、それを実現するために中の制御基板などを工夫しました。
東芝の廃炉技術に政府関係者も期待しています。
廃炉にとって東芝の技術は欠かせない。廃炉も将来の金の卵というか、思いがけない新技術を生み出す可能性がある。それは東芝にとってもチャンスだろう。
30年以上掛かるとされる廃炉、東芝は最後までやり遂げる覚悟です。
東芝エネルギーシステムズ原子力事業部の竹内努部長は、
途中で投げ出すようなことがあってはいけない。原子力事業に携わる者としての責任でもある。社会的責任に対しても、われわれとしてはコミットしてやっていきたい。
手探りで進む技術開発。廃炉作業の本格化が迫る中、いま正念場を迎えています。