
ナブテスコ株式会社
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1956年、日本とソ連が日ソ共同宣言に調印し両国の国交が回復しました。
その年、新時代の扉が日本に誕生します。「自動ドア」です。当時は家が一軒建つほどの超高額。
今ではオフィスビルや商業施設など、あらゆる場所で見かけます。
あるかないか、わからないくらい。生活になじんでいる。
自動ドアの生みの親はナブテスコ株式会社という会社。国内シェアは5割以上を誇り、これまでに220万台もの自動ドアを生産してきました。
誕生から約60年。自動ドアに見るロングセラーの極意とは?
自動ドア
ナブテスコ株式会社の前身の日本エアーブレーキは91925年に創業。主に鉄道用の空気圧式ブレーキを製造していました。
転機が訪れたのは1952年、きっかけはある一つの情報でした。
アメリカで空気圧式の自動ドアが開発された。
事業拡大を目指していた当時の森本準一社長はそれを聞いてひらめく。
商品開発部の後藤田純部長によると、
鉄道用のエアブレーキの空圧技術が自動ドアに使えるのではと取り組みが始まった。
すぐさま技術者を現地に派遣してノウハウを習得。そこに自社の空圧技術を組み合わせ自動ドアのエンジンを作りました。
そして1956年、日本の街に初めて移動ドアが設置されました。
しかし、思うように売れない。なぜなのか?
圧縮空気をつくるコンプレッサーを置くための6畳分の部屋が別に必要だった。
ドアを開閉するためだけに6畳の部屋をつくるのは理解されなかった。
そこで小型でも大きな力が出せる油圧式に改良。さらに横にスライドする引き戸型にしたことで小規模な建物にも取り付けられるようになり販売が急速に伸びました。
1980年代半ば、電動式に切り替わると業績はさらに拡大。
しかし1990年代は他社の攻勢を受け売上を大きく落としました。
その危機を救ったの技術を工場で見られるということで訪ねてみました。
甲南工場
一見、どこにでもありそうな作業風景ですが、ここに秘密が隠されていました。
山本健一さんは、
自動ドアといったら一つのくくりになっているが、細かい仕様、設置場所、サイズなど、それぞれ一品一品違う。
実は自動ドアはお客様の要望に合わせて作り上げる、ほぼオーダーメイドの製品。
成功の鍵は、この要望に応える技術力。
例えば病院向けの自動ドア、通常通るときは引き戸として開き、ベッドなど大きなものが通るときはフルオープンになります。
極めつけは、
こちらにゴンドラ格納庫の自動ドアがあります。
東武タワースカイツリーの豊島翔さんによると、地上450メートル、東京スカイツリーの展望台の上。清掃用ゴンドラの格納庫に導入された自動ドアは高所ならではの強風や雷にも耐えられる。
ナブテスコだけが知る、ロングセラーの極意とは?
ロングセラーの極意
「こんな自動ドアができるのか?」という要望に応えられる技術力。