関東学生陸上競技対校選手権大会
5月20日、横浜市の日産スタジアム。
大学生トップレベルの陸上競技大会が開かれていました。
注目の的は100mで現役最速、10秒01の記録を持つ桐生祥秀選手。
そこに1人の男性が現れました。大手スポーツメーカー「株式会社アシックス」の田崎公也さん(46歳)。
田崎公也さんは靴職人。桐生祥秀選手が履くスパイクを作っています。
日本人初となる9秒台の期待が掛かっています。
記録は10秒秒35.9秒台は出ませんでしたが他を寄せ付けず圧勝しました。
レース後、田崎公也さんが向かった先にはマッサージを受ける桐生祥秀選手の姿がありました。
履いていて違和感なかった?重さとか。
ないです。大丈夫です。
ベルトはあった方がいい?
ここがしっかりするので、あった方がいい。
桐生祥秀選手が履いていたスパイクは株式会社アシックスがリオ五輪に照準を合わせて開発を続けている特別なものでした。
桐生祥秀選手にこのスパイクの存在を尋ねてみると
陸上選手にとって一番大事なのは靴。球技などと違い靴が命。微妙な修正も何回も変えてくれて何足も何足もやって、この一足になっている。
ケンブリッジ飛鳥選手
その桐生祥秀選手に強力なライバルが出現しました。ケンブリッジ飛鳥選手です。
今年に入り記録を更新しリオに名乗りを上げた新星です。
母親は日本人、父親はジャマイカ人というランナー。
躍進の足元を支えるのがアメリカの新興スポーツメーカー「アンダーアーマー」のスパイクです。
足にしっかりまとわりつく感じが走っていて違和感なく、しっかり地面に力を伝えられるので、すごくいい。
アンダーアーマーは1996年にアメリカで創業。身体に密着して激しい動きをサポートする機能性の高いスポーツウェア、それを武器に近年急成長を続ける会社です。
今では読売ジャイアンツのユニフォームも手掛けています。
9秒台で走って優勝してアンダーアーマーのスパイクを広められればいい。
そして開かれたリオ五輪代表選考会。
アシックスを履く桐生祥秀選手、そしてアンダーアーマーを履くケンブリッジ飛鳥選手。
トップアスリートの戦い。その水面下で繰り広げられるスポーツメーカーの攻防を追いました。
株式会社アシックス
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神戸にある株式会社アシックスのスポーツ工学研究所。
テスト走行用のトラックには最新鋭の計測装置が並んべられていました。
担当者が開発中のスパイクにマーカーを取り付けます。
足が着地した時に地面からどのような力が加わるのか細かく分析していきます。
見守るのは桐生祥秀選手のスパイクを担当する田崎公也さん。リオ五輪に向けこれまでにないスパイクを作ろうとしていました。
何を重視するのか?
まずフィット性。足にどう吸い付いてくれるか。それを実現するために、どのようにして靴を作ればいいのか。
新たなスパイクの開発。田崎公也さんとタッグを組むのが素材開発の担当者、谷口憲彦さん(41歳)。
足の上からもう1回、皮膚がのるような感じになれば一番いい。
よりフィット感を持たせるために考えたのが足を1枚の布で包み込む縫い目の無いスパイク。
しかし、課題が…
この1枚だけで全てを実現できるような素材がいる。そうなると今までの材料は強度が足りない。
実現するには強度と伸びを併せ持つ素材が必要。従来のものでは難しいといいます。
東レ株式会社
[blogcard url="http://www.toray.co.jp/"]
滋賀県大津市、谷口憲彦さんが頼ったのが世界的な繊維メーカー、東レ株式会社です。
新しい素材を求めて3年前から共同開発を続けていました。ようやく実を結ぼうとしていたのです。
弾力性の高い繊維を特殊な配列で織り込んでいきます。それが縫い目のないスパイクを可能にする新素材「HL-ゼロメッシュ」。
東レ株式会社の機能資材開発室の土倉弘至さんは
アシックスさんが求めていたのは引っ張ってすぐに戻る金属に近い特製。そういった布を自動車のパーツ用に開発していた。その知見を生かしてシューズに合った特性を合わせ込んだ。
薄くて軽いにも関わらず、強くて伸びる金属バネのような性質が特徴です。
バネ感ですね。
この新素材でリオ五輪に挑みます。
この1枚で強度を持たせることでフィット感は良くなるし、なおかつ軽量化にもつながる。そういったシューズが、この素材があって初めてできる。
スポーツ工学研究所
株式会社アシックスのスポーツ工学研究所。
スタッフが取り出したのは谷口憲彦さんが東レ株式会社と開発した新素材「HL-ゼロメッシュ」。
これを選手の足のサイズに合わせて切り出していきます。
白いパーツが新型スパイクの要、強さと伸びを併せ持ちます。
その他、クッションや補強材、色やロゴのフィルムが用意されました。これらを特殊な方法で接着して1枚の布に仕上げていきます。
出来上がりです。
足を包み込む布が完成しました。
それを使ってスパイクを作るのが田崎公也さんのチーム。
唯一、縫うのが足首のクッション部分です。
足に当たる部分はミシンの跡が見えない。
これが一般的な短距離スパイク。補強やラインをミシンで縫っていく。裏返しても縫ったミシンの跡があります。
1枚の布で作るため、従来より部品の数は半減。約20%の軽量化に成功しました。
靴職人の田崎公也さん。こうしてできたものを選手1人1人の足型に馴染ませていきます。
株式会社アシックスは契約する有望な選手にこのスパイクを提供、リオ五輪を目指してもらいます。
裏側にソールを貼り合わせ、機械で圧着。ローラーという道具を使って接着部分を丹念に仕上げていきます。
そして1日乾燥させて完成です。
できたよ。
2人の技術者が想いを込めたこれまでにないスパイクです。
完成です。美しいね、シルエットが。
日本一だけでなく、世界で戦うものづくりをしなければならない。数%かもしれないし、1%以下かもしれないが、選手の走りに少しでも役に立てたら。
桐生祥秀選手のスパイク。色は白、ロゴはゴールドにしました。そこに専用の部品を取り付けます。
それがマジックテープ付きのベルト。
スタートの際に力が逃げないようにベルトを付けて締めている。よりパワーを逃がさないように本人の希望で付けた。
技術者が出来るのはここまで。あとは選手に託します。
リオ五輪代表選考会
6月下旬、オリンピックの代表を決める大一番が始まろうとしていました。
主役は株式会社アシックスのスパイクを履く桐生祥秀選手とアンダーアーマーを履くケンブリッジ飛鳥選手。
桐生祥秀選手のスパイクを作った田崎公也さん、決戦を前に選手が控える場所に向かっていました。桐生祥秀選手の様子を一目見に来たのです。
いい顔していましたね。勝負師の顔になってきている。
あまり話しかけない?
そうですね。戦闘モードに入っている時は集中してもらった方がいい。
雨足が強まる中、いよいよ決勝戦。
オリンピック出場、そして日本人初の9秒台を狙います。
男子100メートル決勝
第6レーンに桐生祥秀選手、その隣にケンブリッジ飛鳥選手。
スポーツメーカーにとっても重要な戦いです。
田崎公也さんも緊張の瞬間…
優勝したのはケンブリッジ飛鳥選手。足を気にする様子を見せる桐生祥秀選手は3位。
田崎公也さん、思わず立ち上がりました。
ケガはしていないと思うが、何かちょっとおかしかった。
優勝でオリンピック出場を決めたケンブリッジ飛鳥選手。
一方、現役で最速の記録を持つ桐生祥秀選手、この勝負には負けましたが代表に選ばれました。
こんなかたちで内定するとは思わなかった。次は負けないようにしたい。
田崎公也さん、オリンピックに向けさらにスパイクの修正を続けていくといいます。
この結果はやはり悔しい。この雪辱はリオ五輪本番で、予選、準決勝を突破して決勝に行く。彼の夢でもあるし僕らの夢でもある。実現できるように一緒に闘っていきたい。
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