
美津濃株式会社
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8月、リオデジャネイロ・オリンピック。
連日、世界中の視線を釘付けにしていました。
その会場にやって来た玉山茂幸さん(46歳)、スポーツメーカー「ミズノ」の社員です。
彼女がやってきた、自分へのご褒美というかたちで「神様(メダルを)あげてくださいよ」という感じ。
玉山茂幸さんの視線の先にいたのは卓球女子のキャプテンとなったあの人でした。
福原愛選手(27歳)。
メダルをかけた卓球女子団体3位決定戦が始まろうとしていました。
玉山茂幸さんは福原愛選手のシューズとウェアを長年手掛けていました。
3歳から卓球の英才教育を受け、天才少女として注目を集めていた福原愛選手。
福原愛選手
オリンピックをその目で初めて見たのは1996年のアメリカのアトランタ・オリンピック。
7歳の時でした。
その時、こんなことを言っていました。
愛ちゃんは世界で一番になりたい?
うん。
なれる自信はある?
分かんない。
そんな福原愛選手にミズノは小学生の時からシューズを提供してきました。
12年前
今から12年前の2004年、福原愛選手が通っていた青森山田高校。
そこに玉山茂幸さん(当時34歳)の姿がありました。
アテネ・オリンピック代表となった福原愛選手。
彼女のシューズの調整にやってきたのです。
玉山さんはどうです?
こんな感じです。いつも。
福原愛選手の母親の千代さんは
隣のお兄ちゃんという感じだね。
すると福原愛選手は
近所のヤンキー兄ちゃん。
玉山茂幸さんは当時、
「頑張ってね」というのは、みんなから散々言われているのを見ている。1人か2人くらいは「頑張って」も言わないで試合が近づいているのに、ずれた話というか緊張を和らげるのが僕の役目でもあるのかな。
アテネ・オリンピック
そして初めてのオリンピック。
福原愛選手は15歳でベスト16に進出。
活躍ぶりが繰り返し放送されました。
その後、「愛ちゃん」効果はてきめんでした。
卓球人気は高まり、福原愛選手が身につけたミズノのウェアやシューズが飛ぶように売れたのです。
ロンドン・オリンピック
前回のロンドン・オリンピック。
ついに福原愛選手は団体で日本で初めてのメダルをもたらしたのです。
ミズノ本社
あれから4年、ミズノの本社。
福原愛選手を支える玉山茂幸さん、その関係は15年近くになりました。
わたしが仕事を始めてから、ほとんどの選手が引退したり、代表を外れたりしているが、彼女がまだいるというのは私にとっても特別なかたち。彼女が現役を終えるまでは、この仕事をしていたい。
そして迎えた2人にとって4度目の大舞台。
その戦いを追いました。
試作シューズ
2月、味の素ナショナルトレーニングセンター。
そこにミズノの玉山茂幸さんの姿がありました。
卓球の日本代表が練習の拠点としている場所です。
視線の先にいたのは福原愛選手。
この日、玉山茂幸さんはあるものを渡しに来たのです。
ドライブZ アイ・フクハラ。
スペシャルって書いてある。
まずはピンク、履いてもらおうということで説明するね。
ハート。
気づいた?そこ今、俺が言うところなんやけど。
シューズの表面にはトレードマークのハートがデザインされています。
福原愛選手の意見を取り入れながら2年前から開発を続けているシューズの試作品です。
フットワークって横に振られる、そしたら外に振られたら遅れるでしょ。横に動いた時に素早く戻れる機能。
内側には曲がりやすく、外側には曲がりにくい、フットワークをよくする機能です。
オリンピックに向け、このシューズを試してもらい意見を聞くことになりました。
直後にマレーシアで開かれた世界卓球。
使っていたのは、試作シューズ。
最終モデル
5月下旬、福原愛選手の新たな要望を反映させたシューズが出来上がっていました。
履き口、かかとを薄く、よりかかとにフィットする形に形状と厚みを見直している。
リオに向けたミズノの統一カラー、ブルーで仕上げた最終モデルです。
かかとの「Ai」の文字は福原愛選手が自ら選んだデザイン。
オリンピックは選手にとって特別、私たちも特別な思いで作ってあげないと。特に思う、4年に1度というのは重い。
三宅達也さん
そんな玉山茂幸さんと机を並べる社員、三宅達也さん(28歳)。
玉山茂幸さんについて聞くと
選手との信頼関係ができているので、生の声というか、なかなか普通に聞いても答えてくれないところまで踏み込んで、相手から言ってくれる状況をしっかり作っているのがすごい。
奥原希望選手
東京・江東区の体育館、三宅達也さんがやって来ました。
三宅達也さんがサポートしているのがバトミントン、シングルス日本代表の奥原希望選手。
ミズノは2015年10月に奥原希望選手と契約。
リオに向けた新たなラケットを開発するためテストを繰り返していました。
しかし、
ダメですね、硬いです。やってもらったら分かると思うんですけど、「ひねり」が全然いかないから。
こっちの方がやわらかいですよね。
確かに硬さを感じるかも。
奥原希望選手が人一倍ラケットにこだわるのは小柄な体格と、そのプレースタイルにあります。
フットワークとレシーブで粘るのが特徴。
それだけにラケットの微妙な感覚を大事にしていました。
三宅達也さん、奥原希望選手をなかなか納得させられません。
リオまで時間がないなか改良を続けていきます。
「これのおかげで勝てました」と言ってもらえるような、そういう状況までいけたら。
三宅達也さんはリオに向け、もう一つ課題を抱えていました。
それはミズノが提供するシューズに関わること。
ユーバー杯
5月、奥原希望選手が出場した国際試合で思わぬ事態が起こります。
レシーブしようと踏み込んだ際に足を滑らせてしまったのです。
滑るから怖い、前に行くのが。
度々滑った奥原希望選手。
試合に負けてしまいました。
奥原希望選手によるとシューズが原因ではないということですが…
ケガが怖いというのもあるし、ショットを打つだけじゃなく、次の動作につながる動きが多いので不安を含めて取り除けるなら、やっていかないと。
研究開発部門
三宅達也さん、動き出します。
やって来たのは研究開発部門。
計測機器が並べられています。
すると三宅達也さん、ユニフォームに着替え始めました。
そして緑のマットを敷き始めます。
実際にオリンピックで使われるマットと履いてもらうシューズの相性を確かめたい。
マットによって滑りやすさが変わるため、実際にリオで使われるものを取り寄せていたのです。
シューズに取り付けているのはマーカーと呼ばれるもの。動きを細かく分析しデータ化するためのものです。
用意したのは3種類のシューズ。靴底の硬さを微妙に変えています。
これでリオのマットと相性を確かめようというのです。
少し硬くしたタイプです。
まずは靴底が一番硬いシューズを試します。
実は三宅達也さん、大学までバトミントンのトップクラスの選手。自ら、このテストを買って出たのです。
結果が気になります。
踏み込んだ瞬間の動きを分析すると
滑っているとか不規則な動きをしているというのは見られていない。
続いて柔らかい靴底のものなど他の2つも試します。
どれもマットとの相性は良いという結果が出ました。
3タイプ、どれを使用しても滑らないという感覚は得ているので、その上でちょっと硬いもの、やわらかいもの、選手の好みで選んでもらう。
リオデジャネイロ
8月、リオデジャネイロのオリンピック会場。
そのすぐ隣にある建物に三宅達也さんがやってきました。
そこは大会期間中のミズノの拠点です。
卓球担当の玉山茂幸さんも一足先に到着していました。
三宅達也さんは
初めてなので、どういう動きをしたらいいか分からないことが多い。(玉川さんと)一緒に動いて連携して、いいところを盗みながらサポートに生かしたい。
盗むものはないけど、どんどん盗んでくれたら。
カバンから三宅達也さんが取り出したのはラケットとシューズ。
万が一に備え予備で持ってきたものです。
バトミントン
バトミントンの予選がいよいよ始まります。
いいスタートを切る意味では、この初戦を思い切って頑張ってほしい。
奥原希望選手、世界ランキング6位で挑むオリンピックの初戦です。
三宅達也さん、試合だけでなくラケットやシューズも気になります。
試合後、初戦に勝った奥原希望選手を待ちます。
いい出だしだったね。
シューズ、やわらかいからですかね、すぐ削れる。だけどバッチリです。
シューズとマットの相性は良いようですが、靴底が予想より早くすり減るようです。
早速、持ってきた予備のシューズを手渡します。
ラケットは馴染んできていい感じ。シューズは事前にマットに合わせてもらったので問題なく、今道具に関してはバッチリいい感じ。
卓球
一方、卓球会場に向かう玉山茂幸さん。
心なしか硬い表情です。
15年見守ってきた福原愛選手がメダルをかけ最後の戦いに挑みます。
卓球女子団体の3位決定戦。
見つめるのはミズノの玉山茂幸さん。
シングルスでは4位だった福原愛選手にとってメダルを獲る最後のチャンスです。
しびれますね。
そして、
勝ちました日本、シンガポールを下して銅メダル!
この瞬間、日本の銅メダルが決まりました。
何か言葉が出ないですけど、ほっとしました。うれしいです。
福原愛選手は
いい試合もあったが、悔しい試合もそれと同じくらいあったので、本当に苦しい、苦しいオリンピックでした。
試合後、玉山茂幸さんはある人に歩み寄ります。
福原愛選手の母親、千代さん。
15年近い付き合いです。
玉山さんは子供の目線に合わせてくれるので友達のように話している。なくてはならない人です。
笑顔の表彰式。
福原愛選手がやって来ました。
まずは千代さんに報告です。
そして、玉山茂幸さんのところへも。
メダルをかけてもらいました。
優しい子です。重たかったです。うれしい。
奥原希望選手
8月18日、バトミントンの奥原希望選手が準決勝まで勝ち進んでいました。
シングルス、日本初のメダルをかけた大一番です。
ミズノの三宅達也さんも緊張の表情。
幸先の良いスタート。
しかし大柄なインドの選手のスマッシュに苦戦します。
三宅達也さんにも焦りが…
残念ながら敗れてしまいました…
しかし、3位決定戦でメダルを争う選手が棄権、銅メダルが決まったのです。
実際、メダルをかけてもらうと、やっぱりグッとくるものがある。
表彰式を終えた奥原希望選手、関係者が待つ場所へやって来ました。
そして、三宅達也さんとも握手。
メダルをかけてもらいました。
自分が取ったみたいな感じ。
本当に私のわがままに付き合ってもらって、でもどんどんいいものを一緒に作り上げてくれたのが今回の成果だと思う。これからも一緒にいいものを作っていって、また私の結果もどんどん上にいけたら。
東京五輪に向けて一緒に作り込みながら、世の中にミズノのバトミントン用具が広まっていけばいいなと。
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