[がっちりマンデー]どん底から復活した会社を調査!(3)

どん底から復活した会社を調査!

株式会社龍角散

どん底からちょっとだけ復活!

次の会社は龍角散。

あの「ゴホン!といえば龍角散」のどん底の時代があったって知ってました?

とりあえず会社に伺ってみると・・・

フルートを気持ちよさそうに吹きまくるこのおじさんが・・・

「社長・・・ですよね?」

龍角散の初代から数えて、なんと8代目、藤田隆太社長。

プロのオーケストラと共演するから練習しなきゃいけないんです。

社長兼プロの音楽家というちょっと変わった肩書の藤井社長。

そのことは置いといて、龍角散のどん底ってみんな知らないと思いますけど・・・?

かっこ悪いから言えなかったでしょ!

一応ある程度有名ブランドではあるから。

私が別に借金作ったわけじゃないけど、引き継いでみたらこんな借金あるのかと。

かっこ悪くて言えませんよ。

どん底時代

実は龍角散、1990年代の半ば・・・

藤井さんは35歳でお父さんの後を継ぎ社長になった頃、借金がかさんで倒産の危機にあったらしい。

95年は売り上げが40億円あったけど、借金も同じく40億円。

前社長の父親に財務諸表を見せられて、これ桁違ってんじゃないですかと。

売り上げと同じくらい借金あるけどどういうことですか。

怒りましたよ「それでも社長か」と、ひどい息子ですよ。

でも、なんでそこまで借金が膨らんだのか?

一言でいうと時代の波に乗り遅れた。

龍角散は200年以上前の江戸時代に、キキョウやセネガなどの生薬成分で作られた医薬品。

そんな古い商品だけじゃダメだと、いくつか新商品を開発してみたものの、なかなか売れずジリ貧に・・・

どんどん借金だけが増えていった・・・

だったら「市場規模の大きい風邪薬や胃薬の分野に進出しよう」という声も上がっていたらしい。

私は猛反対でしたね。

市場規模が大きいということは当然競合もたくさんいる。

うちなんかかないません。

「社長が止めたんですか?」

止めました。

当時の役員、番頭連中とは激しく対立しましたね。

選択と集中

このままじゃイカンと、藤井社長が決断したのが龍角散ブランドへの選択と集中!

それまで45年間販売していたのど薬ブランド「クララ」を発売中止にしたのです。

クララは長年お世話になったけど、もう諦めましょうと決断した。

猛反対でしたね。

営業全員反対で涙ぐんでいるおっさんいましたよ。

その頃のことを知る・・・

薬剤師さんに話を聞いてみると、

みどり薬局の薬剤師、坂口眞弓さんは、

クララって割とメインで売れてる商品で。

驚きましたね。なんでなくしちゃうのかなと・・・

と、クララをスパッと辞めた一方で、龍角散ブランドの新商品を投入。

粉じゃなくて顆粒の「龍角散ダイレクト」を発売。

さらにはパウダーを飴にした「龍角散のど飴」も発売。

するとこの2つが大ヒットしたのです。

95年に40億円あった借金はどんどん減って、ついに完済。

そしてもう一つ、喉の会社として藤井社長がこだわった画期的な新商品が・・・

「らくらく服薬ゼリー」と「おくすり飲めたね」。

ゼリーで薬を包んで、飲みやすくする商品ですが、これも、

役員たちは猛反対ですね。だいたい反対ですよ。

失敗したら私が買い取るからやらしてくれと強行突破して。

他の役員はだったらおやりなさいなって感じ。

結果、服薬ゼリーは年間11億円を売り上げるヒット商品に!

借金もなくなって龍角散の売り上げは95年の5倍、200億円になったのです。

35歳で就任した若社長が、どんなに反対されても決めたことをやり抜いたから・・・

龍角散はのど専門でがっちり!

声、出てますね~!

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