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[WBS] 追跡!令和の3大ニュース!台湾から被災地へ恩返し。

ワールドビジネスサテライト(WBS)

今年も日本列島を多くの自然災害が襲いました。

なかでも台風19号は東日本を縦断して大きな爪痕を残し、全国で95人が犠牲となりました。

続いてのテーマは被災地の復興を支えるキーマンたちです。

WBSは11月に最も多くの犠牲者が出た宮城県・丸森町に台湾から全額自費でやって来たボランティアの奮闘の様子を放送し大きな反響を頂きました。

その丸森町には取材に行っていた宮下祐佳里記者が行っています。

「復興はどれほど進んでいるか?」

私がいるのは近くの川が決壊したエリアです。ここ一帯小さな集落となっていますが、この場所に大量の土砂と大きな木が流れ込みました。

その量が2階建ての家屋の1階部分が全て埋まってしまうほどです。そして埋まったままの状態になっています。町の中心部の復旧は少しづつ進んでいますが、こうした手つかずの状態の地区もまだ多く残っています。まるで3ヵ月前から時が止まったような光景が広がっています。

なかなか復旧・復興が進んでいない現実があるようです。

今月、丸森町には再び台湾からボランティアが訪れました。

2度に渡り自費で来日したその背景には深い理由がありました。

丸森町

丸森町 ホームページ

日中、丸森町を行くと目に入るのが壊れた家屋。

町を覆い尽くす土砂。

ここにある一軒の農家。

かつてほうれん草などを育てていた場所は2ヵ月経ってもこの有り様です。

畑の持ち主、宍戸克美さん(64歳)。

これが一番被害が大きいハウス。

雪が降る本格的な冬を前に途方に暮れていました。

自分一人で畑の復旧はできない。

この日、宍戸さんのもとに1台の車がやってきました。

降りてきた男性、陳一銘さん(42歳)です。

会いたかった。

台湾からやって来ました。

陳一銘さん

実は陳さん、1ヵ月前にも丸森町を訪問。

そこで宍戸さんに出会っていました。

陳さんはここで1週間ボランティア。費用は自費です。

過酷な作業を仲間とともに行いました。

しかし1週間でできたことは限られていました。

丸森町のことを思い続けて必ずまた戻ってきます。

そして言葉通り、再び戻ってきた陳さん。

台湾から2回も来てくれるなんて本当にありがたい。

台湾に戻ってもずっと宍戸さんのことが気がかりだった。

台湾

陳さんを日本へと駆り立てたものは何なのか・・・

答えを探しに台湾へ向かいました。

台湾南部の台南市。

古い町並みが残ります。

いらっしゃい。どうぞ、どうぞ。

この町に家族で暮らす陳さん。

台風被害はインターネットで知りました。

ニュースで過去最大級の台風だと知った。

丸森町は全部水に浸かっていた。

水没した丸森町の映像を見て何かしなくてはいけないという思いに駆られました。

海を超えてまで支援に駆けつけようと思ったのには理由があります。

陳さん、ある場所を案内してくれました。

そこにあったのは崩れ落ちた建物。

私たちにとって一生忘れられない地震。

1999年に起きた台湾大地震。

多くの建物が崩壊し、およそ2,400人もの犠牲者が出ました。

悲しみにくれる台湾・・・そこに、

ライト、ライト、ライトついた。

真っ先に駆け付けたのが日本の救助隊でした。

日本の助けが私たちの生きる力になった。

災害の痛みは忘れられないが、心の痛みは忘れさせてくれる。

助けてもらったから今後は助けてあげたい。

台南市にある小さなデザート店。

珍さんが経営しています。

作っていたのは日本の抹茶?

台湾と日本のコラボレーションです。

看板メニューは台湾デザートに日本の抹茶白玉を組み合わせたもの。

日本との絆を感じているのは陳さんだけではありません。

ある男性を紹介してくれました。

彼は陳さんの十年来の友人です。

実は今回、仲間の日本への旅費およそ12万円分の負担を申し入れました。

陳建誠さん、

頑張っている彼を応援したかった、ただそれだけ。

陳さんの思いに共感した人はほかにも。

乾杯。

友人の葉東泰さん。

陳さんに自分の店で扱う台湾茶を託しました。

お茶は台湾では古くから助け合うという特別な意味があるといいます。

私も台湾に行きたかったが体力的に難しいので、何ができるか考え、お茶を託しました。

日本での生活

12月上旬、丸森町。

友人の思いとともに再び来日した陳さん。

寝泊まりするのは今は使っていない保育園。

仲間、家族とともに限られた予算の中で自炊をします。

この日の夕飯は野菜スープ。

しかし・・・

純純さん、

文化が違うのね。

なんと使っていたのはひしゃく。

異国の地で慣れない生活に四苦八苦。

そんな彼らを支えるのが丸森町で観光業を営む齊藤良太さん。

この場所も提供しました。

まさか海を超えて海外から縁をもらって、地域の人ともつながって。

本当すばらしい。

陳さんは今回強力な助っ人を連れてきていました。

農業を営む陳文輝さんです。

実は彼、

私も10年前に台風で被災した。

農家として何か貢献できればと思って来た。

海を超えた恩返し、丸森町の復興を支えます。

ボランティアへの思い

本格的な冬を迎える丸森町。

来年、再び野菜を収穫するには雪が降り積もる前に畑を復旧させなければいけません。

そのために必要なのが畑に40cmほど厚く積もった土砂の撤去です。

重いけど大丈夫。

すると・・・

複雑な操作に見えますが、

上手だよ、上手。

農家の文輝さん、ものの数分で農機具を使いこなしました。

そしてつかの間の休息。

陳さんたちが準備していたのは託されたあの台湾茶です。

おいしい。

宍戸志津子さん、

一服しながら仕事するなんてあまりなかった。

こんな時間は本当に素晴らしい。うれしい。

前回は悲しくてただ作業することしかできなかった。

今回はこうして話もできて家族のように親しくなれて良かった。

1週間のボランティアを終えビニールハウスは蘇りました。

これで来年、再び野菜の収穫ができます。

海を超えた台湾と日本の絆が復興の大きな力となります。

これは素晴らしい。

これを見ながら種まきしましょう。

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