丈夫窯
2016年5月、京都市。その東に位置する清水焼団地「清水焼の郷」。
約70社の窯元や関連企業が集まっています。
そのひとつ「丈夫窯」。家族経営の小さな窯元です。
当主の加藤丈尋さん(49歳)。この道30年です。
母の幸子さんも現役。妻の秋子さんが絵付けをしています。後を継ぐ長女の夏海さんはまだ大学生。
作品の特徴は独特な赤と鮮やかなグラデーションの技法にあります。
フランス人デザイナー
その丈夫窯に今回、手を組むことになったフランス人デザイナーがやってきました。
デザイナーのアイッサ・ロジュロさんとアマンディーヌ・コールさんは夫婦。有名ブランドのエルメスで経験を積んだ実力の持ち主です。
色使いと色の混じり合う漢字に惹かれました。そこに機能性を取り入れたいです。
彼らが提案したのは1つで2つの顔を持つ花瓶。対象的な2色で塗り分けることで向きを変えれば全く違う雰囲気を楽しめるというものです。
この色合いは自分の発想にはないので作ってみたい。
目標はいい製品を作り適正な価格で販売することです。
2人はいきなり値段の設定を始めました。加藤丈尋さん、そのスピード感に圧倒された様子です。
ヨーロッパの市場を詳しく調べた結果、3万円から5万円を目指すことになりました。
試作品
早速、試作品づくりです。
加藤丈尋さんは工芸展で受賞歴も多い実力派です。
フランス人の2人は身振り手振りで希望を伝えます。
こうしてすぐに花瓶のサンプルを作り上げました。
実は加藤丈尋さん、以前フランスで苦い経験があります。自信作のひとつの赤い花瓶、パリのアトリエで1ヶ月間試験販売しましたがひとつも売れなかったのです。
続いて今回のプロジェクトのアドバイザー、グザビエさんと西堀耕太郎さんがやって来ました。
加藤丈尋さん、胸に支えていた疑問をぶつけます。
皆さん、良いとは言ってくれたが買うところまでいかなかった。
フランスではこの赤は肉の血の色を連想させるかもしれません。
加藤丈尋さんも納得したようです。
今回はフランス人デザイナーが選んだ色を取り入れることにしました。
清水焼は京都を代表する陶器です。しかし1980年頃には600軒ほどあった事業所は3分の1にまで減少。
新たな市場の開拓は差し迫った課題です。
株式会社小堀
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一方、東本願寺の前にある仏具の製造販売を生業にする株式会社小堀。
創業は1775年。
寺が使う仏具の修復も手掛けています。仏具に携わる職人の数は200人以上にのぼりますが、11代目の小堀拓さんにとよると、
仏具業界は今後10年で半分になると言われている。職人が廃業したという話が毎月のように入ってくる。何とか新しいマーケットに京都の職人が携われるように。
デザイナー
京都の職人とフランスのデザイナーのコラボが始まった5月。
仏具の株式会社小堀のパートナーが店を訪れていました。インテリアデザイナーのセリーヌ・ペルセさんとジェロー・ペロティエロさんです。
11代目の小堀拓さん(42歳)が漆塗りの工程を説明します。
漆塗りは24層に塗り重ねます。
漆塗りは生地の上に下地を塗り、漆を塗ってはそれを一旦乾かしたあと特殊な墨で研磨し表面の凹凸を削ります。この工程を繰り返して何層にも塗り重ねていきます。
そして仕上げ。特別な研磨用の粉を付けて手で磨きます。こちらの職人は手磨きの専門。この技一筋30年です。まるで鏡のような映り込み。これが最高の漆塗りの証です。
伝統の技が凝縮されています。
まずデザイナーの2人が目を留めたのは修復中の寺の欄間です。何かに驚いていました。
この部分はとても荒々しく掘られていて金箔を引き立てています。お互いに魅力を高め合っていますね。
2人は仏具の技術を室内装飾用のタイルに生かしたいと提案。
早速、職人にあの欄間の彫りを再現して欲しいと頼みました。
一方、この道38年、漆職人の前田俊治さん(58歳)にはとんでもない要求が突き付けられていました。
本当に仕上がりが想像できない。
職人のプライドが試されようとしていたのです。
漆塗り
8月下旬、京都。仏具の株式会社小堀はフランスと共同で「装飾タイル」の製作に取り組んでいます。
11代目の小堀拓さん、デザイナーからの要望を漆職人の前田俊治さんに伝えに来ました。
ハケで塗っている途中みたいな感じを出してほしい。「製作途中」という手作り感を出さないといけない。
なんと漆塗りを完全に仕上げなくていいというのです。
1回塗って、もう1回塗ったら…。
常識を覆す要求に前田俊治さんは納得いかない様子です。
本当に仕上がりが想像できない。真っ平らにしてきれいに塗るのが漆塗りと思っていたけれど180度違うことを要求してきた。
小堀拓さんは、
「きれいすぎて天然のものに見えない」と言われた。工業製品やプラスチックみたいな印象がある。
まずはデザイナーの指示通りにやってみることに。漆塗りは1~2回に留めます。
色
一方、清水焼の丈夫窯。当主の加藤丈尋さん、フランスと共同で制作する花瓶の色作りに追われていました。
調合しているのは釉薬。陶器の表面に色とガラスの層をつけるためのものです。鉱物の粉を混ぜ合わせ熱すると化学反応を起こし様々な色を出すことが出来ます。
これを電気釜に入れて800度の高温で24時間かけて焼き上げます。
早速、フランス人デザイナーとインターネット電話で連絡を取ります。
出来上がったばかりの色見本を見せると、
いいですね。
すっかり家族ぐるみの付き合いです。なんとか期待に応えたい。
今テストしようと思っているのが160パターン。行けるところまで行こう。
一度、色で苦い経験がある加藤丈尋さん。新たな色でリベンジをかけます。
アトリエ・ド・パリ
9月、フランス・パリ。今回のプロジェクトの仕掛け人、和傘職人の西堀耕太郎さんの姿がありました。
やってきたのはデザイナーたちが所属する事務所「アトリエ・ド・パリ」です。
丈夫窯のデザイナー
丈夫窯の担当のアマンディーヌ・コールさんとアイッサ・ロジュロさん夫婦がやってきました。
ビッグプレゼントがあります。
西堀耕太郎さん、加藤丈尋さんが焼いた色見本を持ってきたのです。その数は100枚以上。微妙な色合いの変化、やはり実際に手にとってみることで伝わるものがあります。
はっきりコントラストのある2色を考えています。
アマンディーヌ・コールさんとアイッサ・ロジュロさんの仕事場。2人は家具やインテリア雑貨のデザインを手掛けています。
仕事場の椅子も、そして本立ても2人の作品です。
壁には日本の民芸品の写真が貼られています。彼らは日本に特別な思いがありました。
これまでいろいろな国の人と仕事をしてきました。その中でも日本の工芸品の質の高さは別格です。私たちにさまざまな刺激を与えてくれます。日本の職人の卓越した技術には見習う点がたくさんあるのです。
株式会社小堀のデザイナー
仏具の株式会社小堀とタッグを組むデザイナーもやってきました。
早速、試作品を確かめるセリーヌ・ペルセさん。
すごくいいですね。ヨーロッパ受けすると思うわ。
日本の職人たちの心配をよそに好評のようです。
漆を完全に塗ってしまうと原材料が分からなくなります。「木でできている」と分かれば商品の価値が上がります。
漆を重ね塗りしないのでコストも大幅に抑えられます。
西堀耕太郎さん、その他の伝統工芸8社の試作品も手渡しました。
株式会社小堀
10月上旬、京都。帰国した西堀耕太郎さん、仏具の株式会社小堀を訪ねました。
まず試作品が好評だったことを伝えます。さらにこんなものも、
昔の教会の「モザイクタイル」みたいなものが流行ってきている。
パリで見つけた室内装飾用のタイルの写真です。いま作っているものがどんな風に使われるのかイメージを伝えます。
漆職人の前田俊治さんは、
こういう風に仕上がるのかとイメージができてきた。こういうのもありかなと。
花瓶の色
一方、清水焼の丈夫窯。
フランスから花瓶の色が決まったと知らせが入りました。100を超える色見本の中から12の組み合わせが選ばれました。
これで成り立つのかな? この色合いで。
妻の秋子さんは、
私らの感性にはない色を合わせてくる。
実は加藤丈尋さん、心配なことがありました。
釉薬の厚み、濃さが難しい。何回かテストしないと。
丈夫窯の色の組み合わせや塗り方は何年も試行錯誤の末に辿り着いたものです。釉薬の特質をつかむには時間がかかります。
しかし見本市までには残り2ヶ月しかありません。
不安的中
11月下旬。加藤丈尋さんの不安が的中しました。
音で分かりますか? ヒビが入っちゃって。
溝の部分にヒビが入っています。新しい釉薬を使ったことが影響して一番弱い溝の部分に亀裂がはしったのです。
「商品として出せるものは?」
1つもないかな。これなんか色が混じり合ってもいない。
さらにグラデーションの花瓶は納得のいかない出来です。
時間のない中、また一からやり直し。すると妻の秋子さんからあるアイデアが、
ギザギザにわざと塗ってみた。
これまでと違う釉薬の塗り方です。前回は斜めに直線的に塗っていましたが今回は縦に不規則に、しかも分厚く塗ります。釉薬が溶けて混ざりやすいのではと考えたのです。
失敗を取り戻すため連日夜遅くまで作業は続きました。
装飾用タイル
一方、仏具の株式会社小堀では作品の仕上げに取り掛かっていました。
金箔は漆を接着剤にして貼っていきます。この技法により金箔が何十年も剥がれないそうです。
木工職人は寺の欄間の彫りを再現します。
そして漆職人の前田俊治さんも…。
実はこの装飾用タイル、仏具ができるまでの職人たちの技を表現していました。
さらにデザイナーから展示についてある大胆なアイデアが、
すごくいいですね。
俺、これが一番いい。
それがフランスの見本市で大反響を呼ぶことに。
メゾン・エ・オブジェ
フランス・パリ。1月8日、世界最大級のインテリアデザインの見本市「メゾン・エ・オブジェ」が始まりました。
約140の国と地域から約3,000社が参加。自社の製品をアピールする絶好のチャンスです。
京都の職人集団のブース。率いるのは和傘職人の西堀耕太郎さんです。
今回、京都の伝統工芸10社が出展しました。
風呂敷を使ったバッグや絞り染めのスカーフ、ちょっと変わったところでは屏風のテーブル。いずれも伝統工芸が大胆にアレンジされています。
清水焼の丈夫窯、加藤丈尋さんの姿もありました。
完成した花瓶は2つの対象的な表情が組み合わさっています。グラデーションも見事に色が溶け合っていました。向きによって印象がガラリと変わります。フランスでの販売価格は約4~5万円。
デザイナーのアマンディーヌ・コールさんも駆けつけ念入りに花瓶の位置を確認します。
最初のお客様、熱心に説明するアマンディーヌ・コールさん。その横で立ち尽くす加藤丈尋さん。
全く分からんぞ。
その後も花瓶が気になるお客様を見つけながらも声を掛けられません。
一方、多くの人たちが足を止めたのが仏具の株式会社小堀が作った装飾用タイル。漆や金箔を施したタイルが美しく組み合わされていました。まるで抽象画のようです。販売価格は展示品の場合、日本円で約7万円から。
パリに来られなかった小堀拓さんに代わって西堀耕太郎さんが売り込みます。
すごいね、こんなの見たことない。
職人が作ったものは高級品だと分かります。ホテルなどに合うのではないでしょうか。
一方、丈夫窯の花瓶。お客様が通り過ぎていきます。
実は花瓶はさまざまな会社が出展。ライバルが極めて多いのです。
加藤丈尋さん、一体どうするのか?
加藤丈尋さん
パリの巨大見本市に出展している清水焼の加藤丈尋さん。
娘の夏海さんと街に出ました。向かったのはフラワーショップ。
これをください。
親子で相談をしながら花を購入。
それを見本市に出品している花瓶に活けて少しでもお客様の注意を引こうというのです。
さらに仕掛け人の西堀耕太郎さんに接客のコツを教えてもらいます。
最初「ハロー」と話しかけて通訳に来てもらった方がいい?
最初の二言三言は自分の言葉で言った方がいい。
背中を押された加藤丈尋さん、ついに動き出しました。
フランスのデザイナーと私で作りました。
おめでとう、とても良かったよ。
度胸のついた加藤丈尋さん、次々と声を掛けます。
この製品に100色つくりました。
レストランやホテル向けに大きな花瓶を探しています。注文してから何ヶ月で出来上がりますか?
約4~5ヶ月です。
ついに新たな仕事の可能性を引き出しました。
その後、チーム京都に思わぬ展開が…。
問い合わせ
1月下旬、仏具の株式会社小堀。
パリの見本市終了から3日後、嬉しい知らせが届いていました。
小堀拓さんは、
モロッコのカサブランカの木製品の会社から問い合わせが来た。金額を教えてほしいと。
なんとモロッコの企業からあの装飾用タイルをホテルのインテリアに使いたいと見積もりの依頼が届いたのです。
小堀拓さん、早速職人たちに知らせます。
どう思うのか、普通の人の意見を聞いてみたい。
モロッコ連れて行ってくれる?
丈夫窯
一方、清水焼の丈夫窯では花瓶が売れたという知らせが。
ある女性が友人への結婚祝いとして買ってくれたそうです。
天使に見えますね。
使ってもらってこそ初めて価値が出る伝統工芸。加藤さん一家は改めてその可能性を感じていました。
ものを作るうえで誰にどう使ってほしいか、という思いで作ることが大事なんだと。これから先、いろいろなことがあるだろうけど続けていく、宝物のようなものができた。
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