
世界的なファッションデザイナーの森英恵さんが、今月11日、都内の自宅で亡くなりました。戦後の日本で女性が活躍する道を切り開き、その生き方は多くの人に影響を与えました。
森英恵さん死去 96歳!"女性活躍"の先駆け
ファッションデザイナー
森英恵さん

1番の日本の資源は人間だと思う。
古いと言われるかもしれないが人間の力でやる仕事が大事。
それを残していきたい。
1951年にデザイナーとしての仕事を始めた森英恵さん。1965年にニューヨークで初めてファッションショーを成功させ、1977年にはパリに店舗を展開。パリ・オートクチュール組合に日本人として初めて加入しました。
ファッションデザイナー
森英恵さん

私は日本人だがパリで27年働いている。東洋と西洋の融合をコレクションにした。
活躍は日本でも。1967年から20年間に渡り日本国内の客室乗務員の制服のデザインを担当。
皇后雅子様がご成婚されたときにはドレスを手掛けるなど多くの日本人の記憶に残るファッションを次々とデザインしてきました。
72歳女性

ショックでショックで。中学生から森英恵さんの洋服を買っていた。
デザイナーと言ったら森英恵だった。
85歳女性

憧れはある。森さんの服を着ることは。同窓会で着るとみんな目に留めてくれる。
国内外でハナエ・モリブランドを確立し、経営を成功させた森英恵さん。経済同友会で初の女性会員の一人になるなど女性活躍の先駆者でもありました。
その後、2002年にハナエ・モリは経営破綻しましたが、その後も精力的に活動を続けました。
森英恵さんの訃報に際し、ファッションデザイナーのコシノジュンコさんは…
コシノジュンコさん

デザイナーの世界は男性が多い。
女性が活躍して、世界で通用する、日本でその道を切り開いた人。
私がパリのモンテーニュ通りでブティックを作ったときにファッションショーに先生が来た。
その時の一言がすごく早口で言った「あなた続けなきゃだめよ」。
一言がガーンときてずっと覚えている。
5日に三宅一生氏が亡くなるなど訃報が続くファッション業界。今後については…
コシノジュンコさん

コロナの2年間で世界を制覇したトップの人たちがごっそりいなくなった。
山本寛斎さん、その次に高田賢三さん、三宅一生さん、森先生、最高の活躍をしたすごい人たち。
ここで一区切りみたいな感じ。ファッションの在り方自体が変わっていく。