
田園風景が広がる山里に卵かけごはんの聖地がありました。
卵かけごはん
実りの秋、お米の美味しい季節がやって来ます。

そのお米を使った国民食といえば「卵かけごはん」。

その卵かけごはんの生みの親と呼ばれる人物をあなたは知っていますか?


食堂かめっち。
[blogcard url="http://www.town.misaki.okayama.jp/contents/tkg/index.html"]
岡山県美咲町。

日本の棚田百選にも選ばれた田園風景が広がります。

この町にいま人を呼び込むお店がありました。

店の前にはこの人だかり。

すでに開店している午前11時には50人が入店を待ちわびています。

早速、お店の中へ。

こちらは岡山市からやって来た4人家族。

近くの養鶏場で採れたばかりの卵。

ご飯にかけて頂きます!
めっちゃおいしかった。

味が濃くておいしかった。

そして、
すいません、おかわりください。

お母さんも思わずおかわり。
実はこちらのお店、ごはんも卵も食べ放題。

350円で卵かけごはん天国にLet's GO!

もう一杯食べる?
もう無理。もう食えん。

おいしさの秘密はお米にあります。
山を流れるキレイな水。
朝と夜の激しい寒暖差がより甘みのあるお米を育てるといいます。
10月下旬頃からは新米が食べられます。

ところで、店の中で気になったのが…
この人は誰?

食堂かめっち。の結石早苗さん、
日本で最初に卵かけごはんを食べた方。

岸田吟香
初めて卵かけごはんを食べたという人物。名前は岸田吟香とあります。

町中の公園には銅像が…

この立派な髭は岸田吟香です。

さらに名前のついた岸田吟香記念館までありました。

一体、どんな人物なのでしょう?
美咲町教育委員会の武本正洋さん、
美咲町出身の方で日本で初めて新聞を発行したと言われている。

また、岸田吟香は日本軍が台湾に出兵した際、同行して取材した日本初の従軍記者といわれています。

実は岸田吟香、大正時代に生まれた名画「麗子」の作者、岸田劉生の父親でもあります。

そして1927年に発行された「江戸生活研究」という雑誌には岸田吟香に関する驚きの記述が…

鶏卵三四を取寄せ、食すだけの温飯一度に盛らせて鶏卵も皆打割り、カバンから焼鹽(やきしお)と蕃椒(とうがらし)を出し、適宜に振かけ鶏卵和にして喰されたものだ。

ただ、やはり気になります。
日本で初めて卵かけごはんを食べたのが岸田吟香?

美咲町役場の産業観光課、川島聖史さん、
実際、他に食べた方がいるかも知れない。

美咲流のストーリーで町おこしをしている。

人口およそ1万3,000人の店に卵かけごはんを目指し、7万人が来るという美咲町。

そんな卵かけごはんの聖地を訪れてみてはいかが?