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[WBS] 経営破綻から10年!JAL復活の舞台裏!

ワールドビジネスサテライト(WBS)

2010年、日本国内を揺るがしたJAL(日本航空)の経営破綻。

あれから10年が経ちました。

日本航空はいまや毎年1,000億円以上もの純利益を叩き出すまでになっています。

その復活の軌跡を独自取材で追跡しました。

日本航空株式会社

https://www.jal.co.jp/

2019年10月、成田空港。

早朝にも関わらず日本航空の関係者の姿がありました。

ちょっと興奮して早く起きてしまった。

おー!来た来た。

舞い降りてきたのはこちらの飛行機。

機体には「ZIPAIR(ジップエアー)」と書かれていました。

株式会社ZIPAIR Tokyo

ZIPAIR Tokyo

これが日本航空が新たに設立するLCC(格安航空会社)、ジップエアートーキョーです。

中でも目玉はこちらのビジネスクラス用の座席。

LCCでは珍しく180度のリクライニング機能を備えています。

ジップエアーは日本初の中長距離LCC。

最初の路線として今年5月に成田~バンコク線の運行を開始する予定です。

この他、最近は新たな路線の就航や機体の投入も相次ぐ日本航空。

しかし10年前は大きな嵐が吹き荒れていました。

社更生法の適用

2010年1月19日、日本航空の西松遥社長(当時)、

多大なご迷惑をおかけする結果となり誠に申し訳なく思っております。

心よりおわび申し上げます。

会社更生法の適用を申請し経営破綻。負債総額は2兆3,221億円にも上りました。

この間、株を買うと言っていたが買わなくて良かった。

JAL便しかないところがあるので、ないと困る。

稲盛和夫氏

再建の指揮官として乗り込んだのは京セラの創業者、稲盛和夫氏。

国にもたれかかった日本航空のいわゆる親方日の丸体質を厳しく批判しました。

2010年3月、日本航空の稲盛和夫会長(当時)、

ちょっと言葉が下品かもしれないが、ここにきてみて商売人という感覚を持った人があまりにも少ない。

そういう考え方では八百屋さんの経営もできない。

社員の意識改革と経営体質の改革が急務でした。

その頃、空港でよく見られたのがお別れの花束を持って立ち去る社員たちの姿。

整理解雇を含む1万6,000人の人員削減を断行したのです。

さらにこちらは経費削減の現場。

作業員がペンキを塗っているのは当時主力機として使われていたジャンボの機体。

過剰保有となった機体をおよそ100機売却して800億円以上を捻出しました。

稲盛氏の指示を受け破綻後、機体の売却を担当した田村亮さん。

稲盛氏にこれまでのありかた全否定されたといいます。

「日本航空の整備は世界一自信がある」と話した。

そうしたら稲森さんが急に真っ赤になって怒られて。

お前みたいなのがいるからこの会社はつぶれたんだ。

世界一のコストをかけたら世界一の飛行機ができるのは当たり前だ。

そんなことも分からんやつが働いているからこの会社はつぶれるんだ。

一喝された。ぐうの音も出なかった。

稲森イズム

そんな稲森イズムはいまどうなっているのでしょうか?

破綻後、整備のあり方は大きく変わりました。

こちらの部品、実はある働きをするセンサーです。

この機体にはこのようなセンサーがいくつも取り付けられています。

日本航空の技術部、竹村玄さん、

日々の飛行機の状態をしっかり監視して不具合に近付いている状態があるなら予防的に整備する。

従来は壊れたものを直す整備をしたいた日本航空。

現在は部品に取り付けたセンサーから得られるデータを分析し、壊れる前に直す「攻めの整備」を実施。結果的に従来よりも整備コストを下げることにつながっているといいます。

稲森イズムが浸透した結果、破綻からわずか2年8ヶ月で再上場を果たした日本航空。

以降、毎年1,000億円以上の純利益を生み出す高収益企業に生まれ変わりました。

しかし復活の裏では金融機関に5,200億円の借金を棒引きし、国が9年間に渡って法人税を減免するという大きな後ろ盾があったのも事実です。

日本航空の赤坂祐二社長、

まだまだ社会の皆さんからの信頼を100%回復できたとは思っていない。

本当に数えきれない多くの方々にご迷惑をおかけして本当におわびの言いようもない状況だった。

決して忘れずにこれからも精進してまいりたい。

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