日産では11月19日にトップだったカルロス・ゴーン容疑者が逮捕されました。
WBSでは二夜連続で「カリスマの功罪」と題し、ゴーン容疑者の経営者としての「功」と「罪」について検証していきます。
一夜目の今回は「コストカッターの真実」です。
大胆なリストラを軸とする「しがらみ」にとらわれない経営手法は、即効性があると同時に強烈な「痛み」を伴うものでした。
しかし、改めて取材すると意外な姿が見えてきました。
日産自動車株式会社
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12月6日、東京・銀座の日産ショールーム前で行われた抗議集会。
自分たちがクビを切って路頭に迷わされた労働者との話し合いの席にもつこうとしない。
中心となったのはかつてのリーマン・ショックの時の人員削減は不当解雇だと主張する日産の元従業員たちです。
日産の立て直しのため大規模なリストラを行ってきたゴーン容疑者。
1999年、経営破綻の危機にあった日産自動車に資本提携先のルノーから送り込まれました。
車両生産を中止する工場での生産を残りの工場に分配することによって、各工場の生産台数は平均50%増加し、生産効率を上げることができる。
ゴーン容疑者は「日産リバイバルプラン」と呼ばれる再生計画を実行。村山工場などの閉鎖でおよそ2万3,000人をリストラしました。
さらに2008年のリーマン・ショックの後にもおよそ2万人をリストラ。
その豪腕ぶりからコストカッターと呼ばれました。
大胆なリストラで人員過剰、工場の稼働率の低さといった日産が長年乗り越えられなかった問題を克服していったのです。
釜倉猛さん
一方、リストラされた側の思いは…
釜倉猛さん(42歳)、かつてグループ会社の日産車体で期間工としてリーマン・ショックの際、職場を追われました。
リーマン・ショックの頃、30代前半だったが、40代後半の人は再就職するのも相当困難だった。
かつての制服でインタビューに応じた釜倉さん。
当時は認知症になった父親の介護も抱え安定した仕事を切実に望んでいました。
「クビを切る」というのは本当に死活問題。解雇の回避にあらゆる努力をしてほしかった。
「系列解体」からのサバイバル
ゴーン容疑者は部品メーカーに対しても大規模な改革を踏み切りました。
それが系列解体。
株式会社ヨロズ
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元日産系部品メーカー大手ヨロズの志藤昭彦会長は当時をこう振り返ります。
ものすごく大きな血を流した。工場閉鎖と人員整理は本当につらかった。
ヨロズに一体何があったのでしょう。
わたくしはルノーのために日本に来たのではなく日産のために来た。
日産の再建のために全力を尽くす決意。
経営危機の日産を救うべくルノーからやって来たゴーン容疑者。
そこで復活のために掲げたのが日産リバイバルプランです。
部品調達コストを大幅に削減するため日産系列の部品メーカーの株式を次々と売却し系列から切り離しました。
これが系列解体です。
志藤氏もヨロズの社長に就任して6ヶ月目の出来事でした。
衝撃どころの騒ぎではない。天地がひっくり返るくらいだと思った。
リバイバルプランの影響はヨロズだけに留まりません。
日産系列の大手部品メーカー、カルソニックとカンセイは生き残りを賭け合併。
取引を行う大手鉄鋼メーカーでもNKKと川崎製鉄が合併し、JFEホールディングスが誕生する引き金となりました。
日産はリバイバルプランで元に戻ればいいけど、われわれは後がない。
退路を断つということで「ヨロズ・サバイバルプラン」。
ヨロズは生き残りを賭け、工場を1ヵ所閉鎖、さらに大規模なリストラも行いましたが、日産のコスト要求に応えられず赤字に転落。
そこで、
生産性が良くないということで2003年にトヨタ生産方式を導入した。
なんと日産の最大のライバル、トヨタ自動車の生産方式を導入。一気に生産効率を上げたといいます。
さらに、
こっちが日産のもの。同様にスバル車のサスペンション。
日野自動車のもつくっている。
当時、1割程度しかなかった日産以外の自動車メーカーへ販路を拡大。現在では日本の全ての自動車メーカーと取引しています。
こうした取り組みは多くの部品メーカーでも行われました。
一方、系列解体は別の意味もあったと日産の元開発責任者は振り返ります。
天下りの束縛から開放されて、やっと平等な購買ができるようになった。
当時、日産の幹部クラスが次々と部品メーカーに天下り。部品を調達する時に価格が割高に決められていたといいます。
リバイバルプランでしがらみを絶ち、部品メーカーに競争を仕向けたゴーン容疑者。
部品メーカーは否応なくコスト要求に応じ、新しいものを生む開発力を高めました。
リバイバルプランのおかげで規模・売り上げが拡大して海外展開できるようになった。
海外メーカーと競争しても負けないレベルになってきた。
「系列解体はよかった?」
系列解体というのは複雑な思いっはあったが、必ずしもみんなが良かったか分からないが少なくとも私にとっては良かった。
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