伊藤穰一所長
2017年6月14日、東京・港区、夜7時。仕事を終えた人たちが続々と集まってきます。
グローバルアカデミーという商社や銀行など国内の有名企業の幹部候補生が参加する研修会です。
30社以上、約80人が参加しました。
お目当てはマサチューセッツ工科大学メディアラボの伊藤穰一所長(51歳)です。
インターネットの出現後、すべてが複雑になり、早くなり、予測不可能になり、みなさんは学び続けなくてはならず、いくつかの個人と機関は死に追いやられた。
皆、伊藤さんの言葉を聞き漏らすまいと真剣に耳を傾けます。
これは洗面所、風呂場。
伊藤さんは1993年ごろ、自宅の風呂場で日本初のインターネットプロバイダーを作り上げました。インターネット初期の頃からその可能性に注目していたのです。
2016年、当時大統領だったオバマ氏と対談。オバマ氏が人工知能などの科学技術について対談するならこの人と伊藤さんを指名したといいます。
そんな伊藤さんから多くの日本企業の社員たちが新しいビジネスのヒントを掴もうとしているのです。
三井物産の社員は、
最前線でどういうところで新しいアイデアを作り出しているのかを間近で聞き、非常に参考になる。
みずほ銀行の社員は、
銀行は固定観念から脱却できないところがあるが、変えていかなくてはならないポイントだと感じた。
サントリーホールディングスの社員は、
伊藤先生の話を聞いて「失敗のコストは下がっている」と、もっとチャレンジして失敗しながら成長する。そういう仕事をしたいなと感じた。
MITメディアラボ
[blogcard url="https://www.media.mit.edu/"]
ニューヨークから約300キロ離れたマサチューセッツ州。
通称MITと呼ばれる世界トップクラスのマサチューセッツ工科大学があります。
その施設内にある世界最高峰の研究機関、MITメディアラボ。
企業などから派遣された研究者や学生、約700人が所属し最先端の研究に没頭しています。
そこで所長を務めているのが先程の伊藤さんなのです。
企業もだが、みんな自分の分野が決まっていて、その分野の範囲内で研究を行うが、メディアラボでは一緒にコラボレーションできないような人たちをコラボレーションさせるのが研究のテーマの特徴。
MITメディアラボは異なる分野の専門家たちに共同で研究させることが特徴です。
例えば東芝メモリから派遣されている坂東洋介さん。
半導体の研究者である坂東さんは現在、脳科学の専門家と一緒にチームを組んでいます。
経歴がいろんな人が集まっていて技術だけでない、いろんな視点が得られるところもメディアラボのユニークなところだと思う。
他にも生物学とエレクトロニクス、デザイナーと科学者など通常では交わらない分野の専門家が一緒に研究をしています。
なぜ「異分野の専門家」が共同研究!?
異なる分野の専門家を組み合わせる狙いは何なのでしょうか?
再び東京にやってきた伊藤さんに話を聞かせてもらいました。
場所はある博物館。生物の化石や標本がある一方で様々な鉱物もあります。異なる分野の展示物を置いてあるインターメディアテクという博物館です。
「いろんなつばがりをアレンジするのがMITメディアラボ?」
英語でanti-dixciplinary(反専門分野主義)と呼んでいるが「分野にはまらないこと」を常にやっている。
大体は自分の分野にフォーカスする。
そこの中で答えが出るようなイノベーションは起きるけれども、つながる様なものは出てこない。
「カギを無くした時、電灯の下を探す」と言うが要は明るい場所しか探さない。でも、ほとんど暗い。
暗闇の中に実はカギはいっぱい落ちている。
僕たちはその間(暗闇)の所を探す。すると結構簡単に役に立つものが見つかる。
坂東洋介さん
MITメディアラボに派遣されている東芝メモリの坂東さんも専門である半導体と同じ記録媒体でもある脳、その脳の謎を解き明かそうとしています。
顕微鏡で撮影したいろんな光・色に染色されている脳の神経細胞をどういう風にお互いにつながっているか、どういう構成にんまっているのかを調べようとしている。
ネズミの脳の組織。複雑な脳の組織を高い解像度で撮影をして記録しようとすると大容量のメモリが必要です。そこに東芝のメモリを生かそうとしています。
脳の組織の画像を記録して研究することができれば将来的には脳の病気の治療などに役立てられるといいます。
企業としては世界でどういう方向に進んでいるのかアンテナを張っていないといけないと思っていて、メディアラボは先端的な研究がいろいろ行われているところなので身をもって知ることができるのが重要だと思う。
伊藤穰一所長
「東芝メモリから来ている方が脳の神経細胞の研究をしていましたが、半導体メモリを作っている方がどうしてそんな研究をしている?」
インターネットもそうだったが、すごい光ファイバーができたときに「何に使うの?」と言われて、一生懸命、使い道を探していたのと同じで、「こんなメモリーを作って誰が使うの?」と、いや脳の研究には必要だとコレボレーションを始めた。
その技術を見たことによって自分の事業がこんなに変わるんだろうというヒントになるものもある。
「技術の使い道」を予測するには!?
伊藤さんは7月に出版した著書「9プリンシプルズ」の中でこう記しています。
ある技術にいちばん近いところにいる人々こそが、その最終的な用途をいちばん予測できないらしい。
「技術はその使い道をいかに思いつくかなんですね。」
作っている本人も使い道を理解できない話もたくさんある。
昔なら自分の分野にだけ集中すれば良かったが、今は世の中がどうなっているのか、環境問題とか、自分の専門分野以外も少し理解していく。
「ご自身はどういう風に新しいものに接しようとしていますか?」
先週、アメリカインディアンのおばあちゃんと話をしていて「違う意見を持つ人」とか「会ったことがないタイプの人」と会って、世界の先住民の文化やしきたりの中に環境問題の重要なヒントがあって、例えばアメリカインディアンはサーモンの捕り過ぎにどう昔から対処したか、そういう人たちからも先端ではないけれども我々の社会のデザインに必要なヒントはたくさんあって、なるべくいろんな人と話すのはとても楽しい。
時代を大きく変える次の技術は?
メディアラボのスポンサー企業は世界で80社以上、企業から提供される資金は年間で約70億円です。
「人間のこれからの生活をがらりと変えるもの、この先は?」
僕はバイオだと思う。例えば目が悪かったらロボットの目を入れるのか、遺伝子治療で目に新しい細胞を入れるのか、いろいろな治療の仕方とかプロダクトの作り方ができる。デザイナーはバイオも知らなくてはいけないしデジタルも知らなくてはいけない。
日本に必要なことは!?
「イノベーションをするにあたって日本に必要なものは何だと思いますか?」
日本の文化やデザインというのはすごく優れていて、「数字で測れるものはつまらない」と僕らは思っていて、結局一番楽しいものは数字で測れないもの。喜びだとかクリエイティビティとかで自然と上手に平和な社会を作るソーシャルシステムと美学が日本で生まれるような気がして、これは他の国も必要とすると思うので日本はそのリーダーになれるかなと。