夕張メロンピュアゼリー
北海道の玄関口、新千歳空港。
売店には北海道土産の定番がひしめきます。白い恋人やマルセイバターサンド、そして生チョコ。人呼んで北海道土産「三種の神器」です。
それらに負けない人気を誇るのが株式会社ホリの「夕張メロンピュアゼリー」です。
やっぱりおいしい、他メーカーに比べると。
娘がメロン好きなので。
年間1,000万個を製造し、北海道の中元ギフト11年連続No.1を誇る「夕張メロンピュアゼリー」の秘密とは?
株式会社ホリ
[blogcard url="http://www.e-hori.com/"]
株式会社ホリの本社は札幌から北東に約80kmの砂川市にあります。
夕張メロンピュアゼリーの原料。
堀昭社長が手に取ったのは冷凍された夕張メロン。
夕張市から食べごろなメロンの果肉を毎年100トン調達しています。
生物だけに個体によって味が微妙に変わるため、担当者が毎日メロンを味見をして砂糖や洋酒で味を整えいます。
また、毎年「味のテーマ」を決めているといいます。
今年のテーマは「のど越しと旬な香り・味」。
2015年のテーマは「ナチュラル」、自然な風味を生かす味を目指しました。
分析1:夕張メロンピュアゼリーは毎年少しずつ味が変わる。
夕張メロン
株式会社ホリがある砂川市は戦後、周囲の街で産出される石炭を運ぶ交通の要衝として栄えました。
しかし石炭産業の衰退とともに人口が減少。
1981年に父親の菓子店を兄の堀均前会長とともに引き継いだ堀昭社長は売上を回復させる看板商品の開発を急ぐ必要がありました。
そこで堀昭社長が目をつけたのが砂川市と同様、炭鉱の閉鎖から再興を目指す夕張市の特産品「夕張メロン」でした。
1年間いつでも夕張メロンが食べられる。そんな商品を開発したかった。
しかし、当時の株式会社ホリはまだ無名の菓子メーカー。
すでに有名な夕張メロンを調達するには高いハードルがありました。
「おいしくないとだめ」「夕張メロンのイメージを落とすような商品では困る」と言われた。
そこから堀昭社長はメロンゼリーを作っては約80km離れた夕張市に出掛け、農協の担当者に何度も試食をしてもらいました。
しかし、よい返事はもらえず、砂川の本社に戻り待っていた社員に残念な報告を…そんな日々が1年半続きました。
その後、やっと商品化の許可が降り、1987年に夕張ピュアメロンゼリーが誕生します。
当時の価格は1個200円程度で、実は現在と変わっていません。
10万個を売るヒットとなり傾きかけた株式会社ホリが息を吹き返すきっかけになりました。
そして翌年の1988年から日本航空株式会社の機内食に10年連続で採用されたことで人気に弾みがつきました。
類似品問題
しかし、今度は類似品の登場が問題になりました。
そこで株式会社ホリは差別化を図るためにある賭けに出ました。
当初はメロン果汁を原料にしていたが100%果肉に変えた。
1994年、業界で初めて原料を果汁から果肉に変更し、食感や香りをよりメロンに近づけました。
原価は2~3割上がりましたが価格を据え置き、他社が真似できないレベルに高めました。
分析2:果肉を使い競合他社との差別化に成功。
現在では通常のゼリーより、さらに果肉感を高めたプレミアムバージョン「夕張メロンピュアゼリープレミアム」を開発。
もはやライバルは夕張メロンそのものなのかもしれません。
それが進化なのか間違いでないのかと考え、毎年商品をよくしているつもり。