シリーズでお送りしている「震災10年に思う」。
震災当時、瓦礫の中には被災者たちが大切にしていた写真がたくさん埋もれていました。
今回はそうした写真をきれいに洗って持ち主に返す活動に取り組んできた写真家の浅田政志さんです。

写真家 浅田政志
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写真家の浅田政志と申します。家族写真を撮り続けています。

浅田さんをモデルにした映画が去年公開されました。
家族写真を撮り続けてきた浅田さんは多くの人が家族を亡くした被災地を訪れ、悩みながら自分にできることを見つけていくストーリーです。
東日本大震災のとき、僕は東京に住んでいたので、写真家として撮ることによって被災者の力になれないかと思っていたが、写真を撮ることでは何も力になれない、写真というのはこういうときは無力。

震災が起きた当初、写真は役に立たないと考えていた浅田さん。しかし、ボランティアに行った際に見たある光景が浅田さんの考えを変えました。
村役場の前で若い男女3人くらいが泥だらけのアルバムを洗っているのが目に入って、ぜひお手伝いしたい。

体育館に並んだたくさんの持ち主不明の写真。

写真家として泥だらけの写真を洗うことで役に立てると思うようになりました。
明日をも知れぬ状況で大事そうに写真を見つめる被災者の姿に写真の力を感じたといいます。
写真を見たから誰かが帰ってくるわけでもない。おなかがいっぱいになるわけでもない。

大変な中で写真を返そうとか、見たいとか、写真がそういう対象になったことが僕の中では驚き。

浅田さんたちが洗浄した写真の多くはプロが撮った特別な写真ではなく、ありふれた日常を家族が撮ったものでした。

何もかもが変わってしまったときに見ると日常が尊いものに見えたと思う。

そういうときにひっそりとしまわれていた写真がいきなり見え方が変わって力を持った。

東日本大震災でのこうした経験をきっかけに浅田さんはその後、豪雨災害などでも写真洗浄のボランティアをするようになりました。

被害者数が何万人何千人と出てきても一人一人の顔はわからない。

写真を洗っていると、まさに生きていた証があって、人から見ればただの写真、ただの風景でも記憶の多くがつまっているもの。

そういうことを教えてもらったのが2011年東日本大震災。
