株式会社引越社
東京・霞が関にある厚生労働省。
2015年9月、ある記者会見が開かれました。
主役はある男性。
自らが働くアリさんマークの引越社を訴えたのです。
会社に従業員がしっかり働ける環境をつくってもらいたい。そういう思いで立ち上がっている。決して私ひとりの問題ではない。
労働環境が劣悪過ぎると声を上げた社員の小栗健さん(仮名・34歳)。
実はガイアのカメラはこの会見の前から小栗さんの戦いを追っていました。
小栗健さん
神奈川県川崎市、小栗さんは妻と2人で暮らしています。
結婚して5年目、夫が勤める会社がおかしいと最初に言い出したのは妻でした。
私はやっぱり異常だなと思っていました。本当に寝に帰ってくるだけの感じ。ご飯を食べながら椅子の上で寝る。それを起こしてベッドまで寝かせに行く。この先どうなるのかなと心配でした。
小栗さんが勤めているのは全国に74店舗を展開するアリさんマークの引越社。
東京・大阪・名古屋を拠点に従業員4,000人を抱える業界大手です。
中途採用も積極的に行っています。
入社3年で支店長になり年収1,000万円を手にすることもできるとか…。
小栗さんはこうした好条件に惹かれ5年前にIT業界から転職。
引っ越しトラックのドライバーとして働き始めました。
しかし、待ち受けていたのは信じ難い労働環境でした。
これが給与明細。会社が総労働時間を打っている。月300時間は普通に超えていた。
最も働いた月の給与明細を見てみると総労働時間は342.8時間。
残業時間だけでも147時間。これは国が基準とする過労死ライン100時間を遥かに超えています。
これだけ長時間働いても手取りは27万円余り。
何分働いていくらもらっているたのか一切不透明で分からない。こちらとしても計算しようがない状況。
それでも必死に働き続けた小栗さん。
営業を任されるようになり関東で1位の成績を収めます。
しかし、
長時間労働で体が疲れてくると、運転とか作業中の注意も散漫になって事故を起こしてしまう。事故を起こすと給料から弁償金としてお金が天引きされてしまう。
借用書、営業中に車両事故を起こし、会社から借金をする形で弁償金を負わされました。
請求金額は48万円。会社が掛けているはずの保険のことなど何も教えてもらえませんでした。
借金がどんどん膨らんでいって辞められない状況になる。ぐるぐる負のスパイラル。「アリ地獄」と呼ばれている。
労働組合プレカリアートユニオン
会社の労働環境に疑問を感じた小栗さんはある場所へ駆け込んでいました。
向かった先は渋谷にあるビルの一室。
労働組合プレカリアートユニオン。
運送業界で働くドライバーが数多く加入する組合です。
アリさんマークの引越社の相談は小栗さんが初めてではないと書記長の清水直子さんは言います。
毎週のように相談に来て加入していた状態。「またか」ということ。これは非常に組織的で悪質な問題と気が付いたので。
実は東京・名古屋・大阪、合わせて40人以上の元従業員が同様の被害を訴えていたのです。
そこへ初めて現役の社員として小栗さんが声を上げました。
現役の社員が加入すると、これから「制度を変えろ」という交渉をしっかりとやることができる。
自分の労働条件を良くすることにしっかり関わっていける。
小栗さんは組合に加入し、会社と戦うことを決意ししました。
引越社に対して労働環境についての説明を求めたのです。
すると1ヶ月半後、会社からの回答が返ってきました。
弁償金については小栗さんに全面的に過失がある事案であり負担は当然である。
さらに思いのほか低い賃金についてはひと月70時間を「みなし残業」として付けていると書かれていました。
みなし残業(固定残業制)
みなし残業とは賃金の中に一定時間分の残業代をあらかじめ組み込む制度。
この場合、会社は事前に従業員に明確な説明が必要です。
しかし小栗さんに確認をしてみると…
「採用時に明確な説明はあった?」
ないです。
「採用諸手当の取り決め」と書いているけど、これ以外にも全部紙が回収されてしまう。手元に写しがもらえない。確認しようがない。
採用時に大量の書類にサインだけさせられ、コピーはもらえなかったというのです。
専門家の意見
今回のケース、労働法の専門家、青山学院大学法学部教授(弁護士)の藤川久昭さんはどう見るのか?
就業規則に書いていない。採用の時にサッと見せて引き返す。十分に説明していないし、労働者も認識していない。合意が無効になる可能性がある。
「弁償金については?」
基本的には不当だと思う。その理由は弁償金についての額が、根拠が不透明である。ちゃんと説明していない、取り方が強制的である。
会社の言い分は不利だというのです。
シュレッダー係
労働組合は改善を迫りました。
すると会社は思わぬ行動に出ます。
小栗さんに突然、移動を命じたのです。
2015年6月、営業から行き着いた先はシュレッダー係。社員でただ一人、オレンジ色の服を着させられました。
この理由は遅刻をしたことだといいます。
上司からの説明の音声が残されています。
これは人事命令や言うとるやろ?
はい。
誰が遅刻する従業員を営業で取るねん。
2回の遅刻の…
やかましいわ!遅刻して何もの言うとるんじゃ!
何でもかんでも組合の名前出したらものいけると思ったらあかんぞ!
懲戒解雇
さらにその1ヶ月半後、小栗さんは信じられない現実に直面します。
懲戒解雇処分。
なんとクビになったのです。
社内に掲示された紙には顔写真も貼られています。
さらに黄色い部分には「罪状」という名の解雇理由が列挙されていました。
- 会社の業務上の機密事項及び不利益となる事項を他に漏らした。
- 会社の職制を中傷又は誹謗し職制に反抗
- 短期間において遅刻が複数回あった
- 自己の権利を主張し、職責を果たしていない
懲戒解雇って労働者としては「死刑」。そんなことしたかな、本当に分からなくて。
ひどい。
一体何故、アリさんマークの引越社は小栗さんを解雇したのか?
いらっしゃいませ。
番組は正式に取材を申し込みました。
応じてくれたのは井ノ口晃平副社長です。
「解雇した理由について?」
会社の重要な書類の漏えいが一番です。こういう社内の書類や借用書を、こういったものを各週刊誌に情報漏えい。
解雇の知勇は小栗さんが会社から受け取った借用書などをメディアに見せたことだといいます。
「元従業員や現従業員の長時間労働の訴えについて?」
組合側が声を大にしている残業代の未払いや事故破損弁済についての法違反というのはないと思っている。人的ミス、事務処理ミスがあれば即座に払います。それ以外は未払いは一切ないという考えで主張しています。
組合の訴えについてもゼロ回答を宣言しました。
旬報法律事務所
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会社をクビにされてしまった小栗さん、どうするのでしょうか?
向かった先は有楽町にある法律事務所。
懲戒解雇は不当だとして弁護士に相談。裁判所に申し立てを行いました。
すると1ヶ月後、突然会社から復職を命じる書面が届きました。
出社
10月1日、小栗さんは解雇されてから50日ぶりの出社です。
ちょっと緊張しますね。昨日も気持ちよく眠れなかった。
これでようやく会社と和解できると思っていた小栗さん。
この後、待ち受けていたものとは…。
復職
2015年10月、アリさんマークの引越社。
復職命令を受けて小栗さんが50日ぶりの出社です。
会社と新しい関係が築けると思っての復職でした。
数時間後、外に出てきた小栗さん。オレンジ色の服を着せられていました。
仕事はシュレッダー係のまま、以前と状況は変わっていませんでした。
今からゴミを捨てに行ってきます。
怒りを隠しきれない様子。
とても納得できていないようです。
抗議活動
会社の前では小栗さんが加入する労働組合が抗議活動を始めました。
すると会社の幹部たちが飛び出してきました。
何してはるの?
抗議活動は法律で認められていますが中止を要求してきたのです。
取材中のジャーナリストに足を踏まれたと井ノ口副社長もヒートアップ。
ガイアの取材班が副社長に話を聞いてみると、
いかにも企業が悪いことをしているように言われる。従業員の言い分でどうしたいかあれば、こちらも彼の言い分を聞いた上で解決する方法を考えていた。
会社側は和解に向け本格的な協議をしたいというのです。
その舞台となるのが東京都が設置している労働委員会。
労働委員会
労働委員会とは会社と労働組合の間で起きたトラブルを中立な立場から調整する行政機関。
裁判よりもスピーディーに解決に至ることもあります。
組合と小栗さんは会社と戦う40人以上の元従業員を代表して交渉に臨むことに。
やっと話し合いの土俵にのったところ。まだスタートラインなのでこれからが大事。
和解に向けて一気に走り出した小栗さん。
しかし問題は山積み。
小栗さんをシュレッダー係から営業職に戻すことの他に40人分の残業代や弁償金の返還などもあります。
話し合いは合計9回にも及びました。
そして意外な結果が出たのです。
果たして…?
競技結果
アリさんマークの引越社で働く小栗健さん。
労働環境の改善を求めて会社と300日に渡り戦い続けてきました。
その主な舞台となったのが東京都労働委員会。
1月19日、9回にも及んだ協議の結果が出ました。
話にならない。表面的に見れば金額の部分だと思うが、それ以前に会社の誠意というか、テーブルに着こうという姿勢が見られない。怒りでしょうがない。
和解交渉は完全に決裂しました。
会社側を代表して井ノ口副社長にも聞いてみると、
組合側の主張はかなりかけ離れた数字、内容ともに理解しがたい内容の状態だったので和解には至らなかった。
裁判所の方で判断を仰ぐしかないと思っている。
今後は司法の場に結論を委ねることに。
会社と従業員の間に起きた労働環境を巡る争い。
両者が納得のいく形での結末はやってくるのでしょうか?
引き続き何度でも抗議をします。会社はそれを望んでいますか?
自らが働く職場を良くするための戦いはまだ続きそうです。