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4月13日は「決闘の日」です。

2016年4月13日

決闘の日

今日は「決闘の日」です。

404年前の1612年5月13日(旧暦4月13日)に巌流島で宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われました。(諸説あり)

巌流島の決闘

宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘が行われた巌流島の決闘

400年以上も前の決闘のため、様々な諸説があります。

決闘が行われた時期も1602~1612年の間とされています。
一般的に言われているのは慶長17年(1612年)4月13日です。

決闘の原因は弟子らが互いの師の優劣で揉めたことが発端とされています。

巌流島には宮本武蔵は一人で渡った説と弟子を複数人連れて渡った説がありますが、佐々木小次郎は一人で渡ったとされています。

宮本武蔵が決闘の時間に遅れて巌流島に着いた話は豊田正脩が1755年にまとめた「武公伝」によるものです。

宮本武蔵の弟子、武蔵伊織の「新免武蔵玄信二天居士碑」によると両者は同時に島に渡ったと刻まれています。

決闘に関しては多くの文献では一対一の決闘が行われ、宮本武蔵が佐々木小次郎を破ったとされています。

一部の文献で宮本武蔵の弟子が加勢していると記載されています。

実際のところは今となっては分かりませんが、現在にも語り続けられている伝説の決闘です。

宮本武蔵、佐々木小次郎の両者がいまだに人気のある人物であることが素晴らしいと思います。

巌流島

巖流島は山口県下関市にある、関門海峡に浮かぶ小さく平らな無人島です。

正式な島の名称は船島で、住所は「下関市大字彦島字船島」となっています。

大正時代以前には船島のすぐ隣に岩礁があり、難所として恐れられていました。

大正時代に船舶の増加と大型化に伴い、岩礁は爆破され三菱重工業株式会社によって埋め立てられました。
埋め立てられた部分は現在の巌流島の一部となり、島の面積は約6倍になりました。

第二次世界大戦時には周辺が要塞地帯となり撮影などが禁止されていました。

第二次世界大戦後には移住者もいましたが、1973年には再び無人島に戻りました。

2002年12月には佐々木小次郎の銅像が建立、2003年に宮本武蔵の銅像が建立されました。

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カテゴリー:今日は何の日
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