[ガイアの夜明け] 冬のリゾート 集客作戦!(3)

冬のリゾート 集客作戦!

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一般社団法人雪国観光圏

新潟県湯沢町、雪深いこの街にも冬の集客にかける男がいました。

雪国観光圏の代表、井口智裕さん(44歳)。湯沢で観光業を営んでいます。

タイムスリップしたみたい。

井口さんが訪れたのは隣の南魚沼市。

85年続く織物工場「酒井織物」です。

織元酒井織物有限会社

雪国観光圏の井口です。

この地域は絹織物の産地。

江戸時代から厳しい冬に農家の女手が織り子となって作業を支えてきました。

本塩沢は30工程以上からなる手織りの作業。忍耐の織物と呼ばれています。

雪国に耐える心ではないが塩沢織物に耐えるから、織り子さんとは言わない。織姫様、神様です。

この南魚沼は絹だけでなく、麻織物の産地としても知られています。

降り積もった雪の上に麻布をさらし漂白する作業はこの地域ならではの風物詩です。

実は井口さん、この織物の産地を自らが企画するツアーに組み込めないかと考えていました。

大型バスを入れるのではなく、雪国の暮らしとか文化を体感してもらう。

ならば何でも見てくれと色々と教えてくれます。

しかし、決して覗いてはいけない部屋がありました。

ちょっとだけね、本当にちょっとだけ。

それはベテランの織姫達がいる部屋です。

小さい頃から母が織っている時は用事があっても呼びに行けない。気が散るので。

奥で機を織っているといいます。

「鶴の恩返し」だ。見ちゃいけないんだ。

市町村の枠を超えた観光戦略を練る井口さん。

そこに立ちはだかる壁が・・・。

株式会社いせん

新潟県湯沢町、人口8,200人。

12月初旬、駅前の温泉通り、シーズン前とはいえ閑散としています。

その一画にあるのがHATAGO井仙。

雪国の食材をふんだんに使った創作料理が評判。予約が取りづらい宿です。

ここの4代目があの井口さんです。

井口さんは高校卒業後、アメリカの大学でマーケティングを学んだ後、12年前に家業を継ぎました。

子供の頃に見た賑わいはもうここにはありません。

「かぶら木」さんもやめるでしょう、3月いっぱいで。

もったいない。いい店がなくなっちゃう。

時代の流れだな。

町の長老たちも憂いていました。

昭和の頃に戻るわけにもいかないし、川端康成の小説「雪国」の湯沢になることはない。これから新しい湯沢をどうつくるか、周辺市町村とどう共存していくか。

湯沢町

湯沢には12ヶ所のスキー場があり、スキー客にとってはまさに聖地です。

東京からアクセスもよく、バブルのときには1棟数千万もするリゾートマンションの建設ラッシュがおきました。その数52棟、約1万5,000戸。

ところが30年たった今、利用されなくなったマンションの多くは格安で売りに出されていました。

越後湯沢駅、その前に雪国観光圏はあります。

旅館業の傍ら、スキー一色の観光を見直そうと井口さんが立ち上げました。

目指すは雪国同士の連携による観光客の誘致です。

越後湯沢は東京から新幹線で80分という距離にあって、、ここを拠点にしながら滞在して。

湯沢からローカル線に乗り継げば周辺の雪国にも足を運ぶことができます。

湯沢とは違った魅力があるので、これらを複合させることで、いろいろな雪国の知恵や文化を体験してもらうのが雪国観光圏の構想。

雪国観光圏に賛同しているのは3県7市町村、それぞれの強みを合わせることで雪国の町を売り込んでいこうというものです。

津南町

そのひとつ新潟県津南町。

人口は約1万人。

夏の観光は美しい風景がたくさんあります。

名水百選にも選ばれている神秘の池「瀧ヶ窪」も。

冬は魅力をアピールできていないため観光客が激減してしまうことが課題でした。

12月10日、津南町に井口さんの姿がありました。

ツアーの目玉を探していました。

湯沢とは全然景色が違う。

立ち寄ったのは一軒の立派な家。

案内されたのは屋根裏部屋でした。

うわーすごい!

宮沢幸一さん(85歳)の先祖は江戸時代のさらに前からこの地に住んでいます。

太い梁が通る屋根裏部屋には雪国の暮らしの知恵が詰まっていました。

これみんな作ったんですよ。

形がかっこいいですね、この曲線が。

昔の子供は長い冬の間に親に教わり誰もが作ることができたといいます

きのこを採ったり、野菜を採ったり、昔は田んぼに堆肥をまいたから。

見たことないものが見ると、かっこいいなと思うよ。

お茶飲み

その頃、別のスタッフは、

田舎のごちそう。お茶飲み。

お茶の時間に招待されていました。

毎日、近所のお母さんたちがおかずを持ち寄り集まってきます。

冬支度も終わって・・・

雪が降ってしまえば諦めざるを得ない。

畑とか外の仕事から開放されて心にゆとりができる。

雪はそこに暮らす人々に大切な時間を与えてくれていたのです。

めんつゆかけてゴマ油垂らしたんだ。食べてみて。

数えっこするんですか?

勉強になる。

実はこのお茶の時間、雪国の食を受け継ぐ大切な場でもあるのです。

それぞれの土地には地元の食材を活かした料理が息づいています。

雪国観光圏ではこうした食事を永久に残したい「雪国A級グルメ」として認定。

地域への集客に役立てています。

戦略会議

湯沢町役場、この日、雪国観光圏の戦略会議が行われていました。

7市町村の代表が顔を揃える最高会議です。

雪国の知恵を観光の目玉に据えたいと訴える井口さん。

いつまでもスキーと酒にしがみついていたら、いつか途絶えてします。「雪国の知恵」というものが世界的に価値がある。

そこが違うと思う。過去のものを引き出しすぎて実際の今の生活に合っていない。そこを強要されると賛同できない。

それぞれの思惑もあり、一枚板とはいきません。

どうする井口さん?

八海醸造株式会社

東京・渋谷。駅構内にかつてスキーブームを作った映画「私をスキーに連れてって」をイメージしたポスターが。

あれから30年、JRも夢をもう一度と期待しています。

その映画の影響もあり、一躍人気となったのが苗場。

その分、反動も大きくスキー不況の煽りを一番受けた地域でもあります。

この冬、そんな苗場に一軒の店「IZAKAYA × KAMAMESI 筍」をオープンする企業がありました。

酒造メーカーの八海醸造です。

ゆったりとしたスペースの居酒屋にウェイティングバーが付いたもの。

看板メニューは「越後もちぶたのステーキ」。酒造りで使う麹に漬けています。

わざわざ苗場を選んだのには南雲二郎社長の思いが・・・。

スキーブームの頃はアフタースキーで酒を飲んで「おいしい」と言ってもらって拡販した。恩返しという思い。

雪国の知恵

1月9日、湯沢町の温泉通りにもスキー客の姿が目立つようになってきました。

この日、井口さんはある試みを実行に移します。

「雪国の知恵」を体感するツアーで、なかなかこういう商品を流通させるのは難しい。

雪国の知恵が観光商品になるのか、モニターツアーを組んだのです。

このツアーは井仙に宿泊し、旅の足はローカル線を利用します。

奈良や神奈川から参加してくれたお客様を雪国に誘います。

旅の始まりは南魚沼にある漬物店「今成漬物店」。80年余り変わらない製法を守り続けています。

仕込蔵に案内されました。

八海山の酒粕で漬けた山家漬。

山間の農家で育てられた新潟野菜をじっくり1年以上かけて漬け込みます。

ワラビも見てください。

珍しいワラビの粕漬け。去年の春に採れたものです。

地元の本当にいいワラビをおばあちゃんたちが採ってくれる。半年雪に埋もれるんです。漬物文化とか生活の知恵ではないが雪とともに歩んできた。

見学の後は試食も、作り方を知れば一味違います。

ここに来なければ食べられない。

うまい。

ツアー2日目。旅の舞台は津南町の旅館「しなの荘」へ。

雪国の暮らしには欠かせない天然の保存庫。

出てきたのはみずみずしい大きな大根です。

昼食には大根づくしが用意されていました。

雪の中で保存することで春まで採れたての食感が楽しめます。

雪国の生活で冬の大根は大活躍です。

その後は手作り体験が、先生はわら細工が得意な宮沢幸一さん。

ちょっと短いかも。

ツアーの最後は津南一の絶景ポイントへ。

これがなければ辿り着けません。

絶景ポイント

新潟県津南町。雪国の魅力再発見の旅。

手作りかんじきで最後は絶景ポイントを目指します。

ここはかつてスキー場でした。

30分ほど歩くと、

ここすごい!

雪国の里を一望できるとっておきの場所でした。

奈良県からの参加者は、

「雪って大変だろうな」と思い来づらかったが、人に会いに来る旅と言うか、また帰ってきたくなるような旅だった。

雪国の新たな取り組みは始まったばかりです。

小さな雪玉がようやく転がりだしました。

1人が動いたことで、いろいろな人の応援で玉が大きくなって、さらに人やお客様、地域を巻き込んでどんどん大きくなることが、まさに雪玉転がしのように地域が元気になったり、ここに住む僕たちが誇りに思えるようなことが、この地域が発展する唯一の方法だと思っている。

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