[WBS] 【ロングセラー研究所】ポカリスエット

ワールドビジネスサテライト(WBS)

今回のロングセラー研究所はポカリスエットです。

発売当初はまったく売れませんでした。そこで認知度を上げるために取った前代未聞の策とは?

ポカリスエット

自動車生産台数が世界第一位を誇り名実ともに日本が自動車大国となった1980年、あるロングセラー商品が誕生しました。

命の水。生き返る。

運動した後、風呂上がり、飲みやすいのでスルスル入る。

乾いた喉とカラダを潤す定番飲料「ポカリスエット」。

健康スポーツ飲料の市場を切り開いたポカリスエットはその斬新さのため、開発から販売に至るまで困難の連続でした。

大逆転でロングセラーとなったポカリスエットの秘密に迫ります。

大塚製薬株式会社

ポカリスエットの誕生は大塚製薬の当時の技術部長、播磨六郎さんのある体験に由来します。

約40年前、メキシコに出張に行った際、播磨さんは水事情の悪さから腹を壊し現地で入院をしてしまいました。

医者に炭酸水を渡され、あとで栄養を取るようにと言われたとき播磨さんは思いました。

ゴクゴク飲みながら栄養も一緒に補給できる飲み物があればいいのに。

そのイメージを実現するために播磨さんが思いついたアイデア、大塚製薬ポカリスエット担当の浅見慎一さんによると、

医者が自らの水分補給のためにオペ後に口から輸液を飲んでいたことをきっかけに「飲む点滴輸液」のような飲料があればいいなと。

大塚グループは当時、点滴液では国内トップクラスのシェアを誇っていました。そのノウハウを生かして栄養のある飲料を作ろうと考えたのです。

汗の飲料

そして1976年、ジョギングブームなど世の中の健康志向の高まりを受け考案されたのが「汗の飲料」。

汗をかいた時に失われる水分や塩分などの補給を目的としていました。

しかし、その開発は困難を極めたといいます。

サンプルは1,000種類以上。塩味と苦味を改善することに非常に苦労した。

播磨さんは1,000種類以上の試行錯誤を経て、ついに「汗の飲料」を完成させました。

その出来を大塚製薬の役員たちに披露しましたが、ここにも試練がありました。

味が薄くて美味しくない。これじゃ売れないよ。

当時、清涼飲料水は糖質濃度12%以上のものが多く、6.2%と約半分の甘さだった「汗の飲料」に役員全員が反対しました。

しかし、その味を信じ大きな決断を下したのは当時の社長、3代目の大塚明彦社長でした。

1980年、ついにポカリスエットは発売されましたが試練は更に続きます。

無料配布

初年度では売れなかった。「いつ、どこで飲めばいいのか」「金を払う価値があるのか」とまで言われた。

困惑した社員が社長に相談すると、

いろんな場所でいろんな人たちに無料で飲んでもらおう。

いまは売れることよりも商品コンセプトを広めることが大切だと考え、ポカリスエットの無料配布作戦が始まりました。

あるものは銭湯へ、あるものは野球場へ、汗をかく人が多い場所に行き、ただ飲んでもらうだけでなくコンセプトを丁寧に説明しました。

無料で配布した数はなんと36億円相当の3,000万本。

これにより徐々に人気が高まり、2年目の売り上げは初年度の約90億円の約3倍の約260億円になりました。

スポーツ飲料市場のパイオニアとしていまもシェアを広げているポカリスエット。そのロングセラーの極意とは?

ロングセラーの極意とは?

商品について説明し、商品を試してもらう。