[ガイアの夜明け] 福島の明日につなぐ

福島の明日につなぐ

東日本大震災からまもなく5年。
ガイアの夜明けで定期的に行っている福島の特集です。

株式会社小高ワーカーズベース

株式会社小高ワーカーズベースの和田智行さんは福島県南相馬市の地場産業だった絹織物を復活させ復興につなげようと約1年半前のガイアの夜明けで紹介された方です。

福島県南相馬市小高区の大部分はまもなく避難指示が解除されます。

除染作業も急ピッチで行われ、住民の方々も一時帰宅をしながら生活の再開の準備を始めています。

和田智行さんは生活に必要な食堂「おだかのひるごはん」を運営を始めました。
復興作業で働く方々や住民の方が来店してお昼時には満席です。

スタッフは地元のお母さんたち。
「おだかのひるごはん」で働くことで帰ってくるモチベーションになっているといいます。

そこはもともとラーメン屋で店主は戻らないと考えていました。
しかし、最近になって再開することを決めました。

和田智行さんはお店が戻ってくる「呼び水」としての役割を果たせたと言われていました。

株式会社菊池製作所

福島県南相馬市小高区にある株式会社菊池製作所の工場。

震災前は大手精密機械メーカーの工場でした。
震災後、立ち入り禁止となり工場が移転。

2014年3月に株式会社菊池製作所が工場を買取り再び稼働させようとしています。

株式会社菊池製作所は総合機械メーカーです。

社長の菊池功さんは福島県飯舘村の出身で26歳で株式会社菊池製作所を創業。
故郷でも人材を育てようと飯舘村に6工場を建設。約300人を雇用していました。

震災後、避難先からの通勤が困難などの理由で約100名が退職しました。

菊池社長は購入した工場で人間の作業をアシストする「マッスルスーツ」を生産したいと思っていました。

「マッスルスーツ」は重いものを運ぶ時に腰絵の負担を軽減してくれると介護や物流の現場で注目されています。

地方で雇用を集めるには社会の注目を集める最先端の製品が必要と菊池社長は考えていました。

将来性のある仕事、夢のある仕事があれば地元に残る。

福島県南相馬市小高区の購入した工場の元従業員の山田さん。
震災後は移転した長野県で働いていましたが、株式会社菊池製作所が工場を再開すると聞いて転職を決意しました。

山田さん以外にも4名の元従業員が株式会社菊池製作所に転職しました。

しかし工場の再開は順調に進まず、再開まで除染後の一般住宅の放射線量を計測する仕事につくことになりました。

株式会社イノフィス

株式会社イノフィスはマッスルスーツの開発・販売を行っている会社です。
株式会社菊池製作所と東京理科大学が共同で設立したベンチャー企業です。

南相馬の工場を再開させるためにはマッスルスーツの販路の拡大が必要になっていました。

株式会社イノフィスの販売責任者で取締役の齋藤昭宏さんは現場での声を聞き、マッスルスーツの改善を試行錯誤していました。

その結果、現場で不満があった約8kgだった重量を新型のマッスルスーツは半分の約4kgに減らされました。

新型マッスルスーツは大手ゼネコンの株式会社竹中工務店で試験導入されることも決まりました。
様々な現場で注目された新型マッスルスーツは約2,000台の受注を頂くことができました。

これで福島県南相馬市の工場の再開が決まりました。

約5年ぶりの工場の再開で地元の若者の採用も決まりました。

ふくしま食べる通信

ふくしま食べる通信は福島の高校生編集部が発信する食材付きの情報誌です。

福島の農産物や生産者の方が紹介されています。

約2年前に当時高校2年生だった菅野智香さんが風評被害などを受けて福島のために始めました。
価格は2,500円で農産物と情報誌が付いています。

番組ではヤーコンの生産者、北畠絢子さんを紹介していました。
2015年の秋号に掲載されています。

天栄村役場の元職員、猪超喜久雄さんは北畠絢子さんとヤーコンを特産品にしようと生産しようとしていました。
これからという時に震災が起こりました。

風評被害などでヤーコンの販売が難しくなり生産したヤーコンは山に捨てられたそうです。

ふくしま食べる通信では高校生がヤーコンのレシピや成分、生産者の北畠絢子さんのお話を紹介。
生産者と高校生、地元がつながり、会員の手元に11月中旬に届けられました。

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