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[カンブリア宮殿] 「信頼」が商売を広げる! 博多名物を生んだ「ふくや」感動経営術

2016年6月6日

「みそかつ」を名古屋名物に!人情女将の細腕繁盛記!

株式会社ふくや

博多名物で忘れてはいけないものが「明太子」

福岡県太宰府市にある株式会社ふくやのお店。

株式会社ふくやは日本で最も売れている明太子メーカーです。

地元はもちろん、ここの味を求めて全国から観光客もやって来ます。

一番人気は「味の明太子(360g)」で3,240円です。

激辛明太子「ホットエンペラー(2,160円)」は付属の特製タレで辛さを増すこともできます。

さらに、数の子やイカなどと和えたお惣菜風の1品「あえもの明太子(756円)」など約20種類の明太子商品を取り扱っています。

このお店のもうひとつの人気がお店の奥にあるイートインスペースです。

明太子お茶漬けセット(864円)が食べることができます。

大分県産の「ひとめぼれ」のご飯に特製のトラフグの出汁をかけて食べます。

しかも嬉しいことにご飯と出汁はおかわり自由です。

地元客にも観光客にも「ふくや」の明太子は大人気。
次々に売れていきます。

太宰府店の佐藤友香さんは

普段は30~40万円。多いときには90万円以上売れます。

明太子メーカー売り上げランキング

順位 メーカー名 売上金額
1位 株式会社ふくや 149億円
2位 株式会社山口油屋福太郎 123億円
3位 株式会社やまやコミュニケーションズ 108億円

株式会社ふくやの売上は全国の明太子メーカートップの149億円です。

川原正孝社長

九州一の繁華街、福岡県の中洲にある株式会社ふくやの本社。

朝8時、会議室に現れたのは会社の幹部たちです。

スーツを脱いでエプロンを身に付けます。

試食が始まるのかと思いきや、墨を摩り始めました。
書道の練習をするといいます。

15年くらいになる。

何度も何度も書きなおした、この日の作品は

他人は自分を映す鏡である。

いつものように気合いだけで、字が上手にならんから気合いと元気さだけ。元気じゃなきゃいけない。

株式会社ふくやの4代目、川原正孝社長です。

株式会社ふくや

創業68年の株式会社ふくや。

今や従業員635人を抱える福岡を代表する地元企業です。

本社には1枚の写真が掲げられています。

父で創業者の川原俊夫。

株式会社ふくやの創業者、川原俊夫さん。

実は川原俊夫さんは明太子の生みの親です。

川原俊夫さん

川原俊夫さんは戦後、韓国の釜山から引き揚げてき1948年、福岡県の中洲に食品卸のお店を構えます。
これが株式会社ふくやの始まりです。

お店の目玉にと川原俊夫さんが目を付けたのが釜山でよく食べていた「タラコのキムチ漬け」でした。

1949年、明太子と名付けて売り出しましたが、全く売れませんでした。

そこで川原俊夫さんは10年を掛けて調味液に漬け込む現在の明太子を作り上げました。

川原俊夫さんは明太子の生みの親なんです。

明太子の製造方法

川原俊夫さんが開発した明太子の現在の製造方法。

明太子の原料は塩漬けしたスケトウダラの卵です。
いわゆる「タラコ」です。

1日に使用するタラコの量は約8万本。
その全てを人の目と手でチェックし、状態の良い物だけを商品にしています。

明太子の味を決める秘伝のレシピの一部を製造部の橋田集さんが教えてくれました。

ふくやオリジナルの唐辛子。

3種類の唐辛子を独自の割合で配合して辛味、うま味、甘味を引き出します。

タラコ本来のうま味を唐辛子で引き立てるようにブレンドしている。

この唐辛子をベースに作ったのが秘伝の調味液。

これをタラコにたっぷりかけ2日間漬け込んで味を熟成させます。

川原俊夫さんが10年をかけて作り上げた明太子は評判となり博多の町に広がっていきました。

とはいえ昭和30年代、明太子はまだ地元博多だけで人気の惣菜にすぎませんでした。

それが今では全国で食べられるようになりました。

これを実現させたのも川原俊夫さんでした。

それは株式会社ふくやの明太子が博多の町に広がり模倣する業者も出始めた頃です。

心配した友人たちが川原俊夫さんに助言をしました。

こんなヒット商品はめったになか、早う特許をとった方がよかとじゃないか。

しかし、川原俊夫さんは

明太子はただの惣菜たい。特許なんか必要なか。

そういって特許を取りませんでした。

それだけでなく

作り方ば教えちゃるけん、皆で作ればよか。

明太子を作りたいという人に惜しげも無く作り方を教えました。

こうして明太子は博多の名物になっていきました。

さらに転機が訪れます。

博多名物が全国で売れたワケ

1975年、新幹線で東京~博多間がつながりました。

出張や観光で福岡を訪れる人達に明太子は絶好のお土産として注目を浴び、全国に知られるようになりました。

今や福岡の名産品となった明太子。

市内のスーパーを覗いてみると棚一面に明太子が並べられています。

福岡県内だけでも明太子メーカーは150社以上あります。

イオンモール香椎浜の担当者は

けっこう売れる、ここは。売れないとこんなに仕入れてたら赤字。

明太子の市場規模は1,300億円。
巨大な地場産業となっています。

今でも博多の人たちは特許を取らなかった川原俊夫さんに感謝の念を抱いています。

あそこが元祖、何と言っても。肝っ玉が太いから、みんなに作らせた、偉いですよ。

椎加榮本舗

福岡の老舗料亭が出している明太子専門店。

株式会社ふくやのライバルですが営業部長の田原義太慶さんは

私たちも後発組だが気兼ねなく市場に参入できる土壌を作ってくれた。ありがたい存在。めんたい文化の生みの親。

明太子を使った商品開発

商品開発課では明太子の可能性を広げようと日々開発に励んでいます。

上野千晶さんに開発中の商品を見せて頂きました。

一見、普通の明太子ですが実はカレー味の明太子です。

変わり種の明太子を開発しようと、皆さんが好きな一般受けのいいカレーがいいんじゃないかと。

早速、開発メンバーで試食です。

ふわっと香りが口の中に広がってほしい。スパイスの層を厚くするといいかな。

こういった試作を年間20種類以上作っているといいます。

そんな開発で生まれたヒット作が独自の味付けをしたチューブ入りの明太子「ツブチューブ」です。

オリーブバジル風味は明太子の粒と同じ大きさのバジルエキス入りのカプセルが入っています。
カプセルは体温で溶けるため食べた瞬間に味と風味が口に広がります。

明太子を調味料感覚で気軽に使ってもらうアイデア商品です。

他にもゆず味やごま油味など11種類が販売されています。

2013年からの発売以来、累計60万本も売り上げる大ヒットとなりました。

元祖や老舗という立場に胡坐をかかず進化を続ける、それが株式会社ふくやの原動力です。

30年連続売上No.1!

博多っ子が絶大な信頼を寄せるご当地グルメを生み出した感動経営術に迫ります。

川原正孝社長

なぜ製造特許を取らなかった?

いろいろな味があった方がいいと、うちの父が売り始めた時は「おいしい」と思って売っていたが全く売れずに苦情が来た、辛過ぎて。お客様は水で洗ってから焼いて食べていた。一時は「親父の道楽」と言われていた。明太子は売れなかった。それで家族は食べさせられてばかりだった。売れ始めた時に自分の店だけで売ればいいのに他の店にも教え始めたので一緒に作っていた社員は怒っていた。うちの父は「怒るならお前らも作っていい」と社員を独立させた。

「いろいろな味があっていいじゃないか」と父はずっと言い続けた。「ふくや」だけの味だと絶対に合う人と合わない人がいるから、いろいろなメーカーがあって、いろいろな人に食べられた方がいい。

製造方法を教えマーケットが拡大?

「ふくや」は2店舗しかなかった。駅にもデパートにも空港にも出してなかった。他のメーカーがデパートや東京などに進出したから明太子が広がった。もし「ふくや」が製造特許を取って、どこにも作り方を教えていなかったら今の業界の売り上げは10分の1もなかったと思う。

なぜ「元祖」を名乗らない?

私も「元祖と出したらどうか?」と父に言ったが、「元祖と書いて明太子がうまくなるんか」と、次の言葉が「最初に明太子を作ったところが1番じゃないぞ」と「1番大きいところが1番じゃない」「1番おいしいところがナンバーワン」と。

味で勝負した、品質で頑張ろうと。

地域貢献

川原俊夫さんの功績で地元の信頼を集める株式会社ふくや。

しかし、それだけではありません。

社員が全員持っているのは「ふくや手帳」。
川原正孝社長ももちろん持っています。

そこには経営理念が書かれています。

強い会社・良い会社

「強い会社」とうのは利益を出す会社。「良い会社」は利益を地域のために使う。

株式会社ふくやの信用力は得た利益を地域貢献に使うことです。

つまり地域とともに生きることで培われてきました。

それを実践する部署が網の目コミュニケーション室です。

宗寿彦室長は

地域のイベントやスポーツ大会を後援したり、人を派遣する部署。

年間に来る後援の要望は200件以上。

博多最大のお祭り「博多祇園山笠」はもちろん、少年野球大会の協賛、同窓会誌への協力といった小さなものまで、もちろん熊本地震の支援も行っています。

博多どんたく港まつり

GWに行われた博多三大祭のひとつ「博多どんたく港まつり」。

株式会社ふくやは地元企業として毎年バックアップしています。

こうした寄付やボランティアに使った金額は2015年度で1億5,000万円。

7億円の利益の内、20%を地域のために使用しています。

お金を出すだけではありません。
社員一人一人が地域貢献に参加できる仕組みがあります。

西野健太さん

お客様サービス室で働く西野健太さん。

彼にはもうひとつの顔があります。

夕方6時、ある体育館を覗いてみると小学生の柔道の稽古が行われていました。

そこでコーチを務めているのが西野健太さん。
西野健太さんは柔道3段の猛者。

17年前から週に3日、地元の少年団「津屋崎武道会」で柔道のコーチを務めています。

実は練習の日は会社から残業が免除されているといいます。

先代から今の社長まで地域活動に理解があるので地域の活動に対して力を入れられる。

西野健太さん

4月は入学のシーズン。

新一年生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

PTA会長の高良咲應は製造。物流部に勤めている株式会社ふくやの社員です。

PTAの活動は平日の昼間にあることが多い。
株式会社ふくやではPTAの活動で勤務を抜けても出勤扱いになるといいます。

仕事を抜けられるだけでなく、地域ボランティア手当として5,000円が支給されていました。

運動会くらいしか子供の行事に行っていなかったが、PTA活動を通じて子供たちのサポートをしていきたい。

株式会社ふくやでは少年サッカーの監督から地域の役員にまで様々なボランティア手当を支給して地域活動をバックアップしています。

地域の人が「ふくや」があって良かった。工場があって良かったと、そう思ってもらえる会社になりたい。

しっかりと利益を上げて、それを地元のために使う。
それが株式会社ふくやが目指す良い会社です。

川原正孝社長

ボランティア手当はいつから?

20年以上前、平成になった後から。

父がボランティア活動をするには「商売人じゃないと時間とお金が続かない」と、だったら時間とお金を会社が用意すればサラリーマンでもボランティアができるという発想。

PTA会長になったらリーダーシップのいい勉強になる。会社なら肩書きで動けるが「肩書きのない世界」でリーダーシップを取るいい勉強になる。

地域から必要とされる会社を目指したのは?

「貢献」という言葉が嫌で「地域から認めてもらおう」と言っていた。博多の町で商売させてもらっているから、博多の町を衰退させるわけにはいかない。だから「ふくや」は利益を出して「地域に認めてもらう会社になろう」と。

利益を出したら日本人は「悪い」「あそこは儲かっている」と言われる。うちの父は「堂々と利益を出せ」「利益をいいことに使えばいい」と。要は「利益の使い方」だと「きれいな使い方をしろ」と

川原俊夫さんのこだわり

川原俊夫さんにはもうひとつこだわりがありました。

それは「税金を一番多く払う」ことです。

1979年には管轄する税務署管内で高額納税者の1位になっています。

当時、「ふくや」は個人商店でした。

川原正孝社長は兄と一緒に父に進言しました。

お父さん、そろそろ会社を法人化した方がよかよ。その方が税金ば安うなるけん。

しかし川原俊夫さんは

なして税金ば多く払ったらいかんとね。

税金を多く払いたい。その真意は?

兄が銀行の支店長をしていたので、父に「法人に切り替えた方がいい」、「税金が安くなる」と言ったら父は怒り出して、「道路は何でできている、橋は何でできている」「税金じゃないか」「なぜ多く払ってはいけないんだ」と、うちの兄が怒られた。

父には「地域のために」という思いがあったが、一番大切にしてたのは「利益を出して、税金を納め、雇用を守ること」。だから「絶対に利益を出す」「赤字は出さない」と言い続けていた。我々も社員に「利益を出して社会貢献に使おう」。だから「利益を出そう」と言っている。

戦争で生き残ったことが人生の転機に?

父は「今までの人生は自分のため」だったが、福岡に帰ってきて「人の役に立たなければ申し訳ない」と、福岡の電力会社に就職も決まっていたがサラリーマンだと資金も時間も足りない。だったら自分の力で金と時間を稼げる商売人になろうと、そして利益を全て「地域のために使おう」、そういう思いで「ふくや」ができた。

税金を払う以外にも「地域のため」に金を出そうと支援をしてきた。

たべごろ百旬館

株式会社ふくやは食で九州を盛り上げる取り組みを行っています。

その舞台が株式会社ふくやが運営するスーパー「たべごろ百旬館」。

この「たべごろ百旬館」では並んでいるものが少し変わっています。

シャコの親戚の「マジャク」。
有明海で穫れる知る人ぞ知る珍味です。

さらに有明産のイソギンチャク。
有明海の周辺ではお味噌汁に入れたりするそうです。

他にも非常に長い茄子、熊本産「大長ナス」など九州の少し変わった集めたお店です。

普段、目にしない魚やお客様が聞いたことがない魚を集めたい。品揃えはすごくいい。

このお店の主なお客様は飲食店や屋台の関係者。

株式会社ふくやは九州の知られざる食材をプロの料理人に使ってもらうことで、それを広めようとしています。

和食のお店のご主人で常連の桟貞幸さん。

この日、桟貞幸さんの目に止まったのは長崎産の「うちわえび」。

少し変わったカタチですが伊勢海老より甘みが強いといいます。

こういう変わったものをメーンにすると観光客が喜ぶ。

博多すずろ

桟貞幸さんのお店「博多すずろ」。

早速、「うちわえび」を調理していました。

今回は素材の味が一番楽しめるオーブン焼きで提供します。

注文した博多っ子も初めてだといいます。

おいしいです。

九州のいい食材を料理人に使ってもらえれれば地元のお客様や観光客にも知って頂ける。

こうして株式会社ふくやは九州の食を広めようとしています。

食材営業部

株式会社ふくやでは産地や生産者も育てようとしています。

それを担うバイヤーの一人、食材営業部の濱地武範さん。

訪ねたのはは福岡県朝倉市で新たな名産品を作ろうとしている株式会社西日本冷食の井口浩一さん。

その食材はビニールハウスの中で作られていました。

ビニールハウスの中には巨大な水槽が置かれています。

この水は地下40メートルから汲み上げている。

育てられていたのは「ウナギ」。

ここでは発電にも使われる地熱を使い、養殖場の水を28度に温めています。
これで通常、出荷まで1年近くかかるところを4ヶ月ほど短縮できるといいます。

美味しいウナギに育てるためにさらに工夫がされています。

それがこだわりのエサです。

出荷前の一定期間だけシャコの殻と粉末状にした白身魚の身を混ぜたエサを与えています。

普段使用しているイワシの粉のエサでは、ウナギに魚臭さが残ってしまいます。

そこで出荷前にエサを切り替えて臭みのないウナギを育てているといいます。

うまい。全然臭みがない。

隠れた食材を発掘し、生産者も育てて九州全体を盛り上げる。
これも株式会社ふくや流の地域貢献です。

川原正孝社長

なぜ「株式会社ふくや」が九州の食材を発掘?

おいしい「食」を見つけて福岡の人たちに届ける。

九州はおいしいものが多い。だから集めて良さを広げていこうと。

海食べのすゝめ

明太子のトップメーカー、株式会社ふくやがまた新たな地域貢献に動き出しました。

福岡県早良区に2年前にオープンした式会社ふくやが運営する「海食べのすゝめ」。

このお店のコンセプトは地元産ではなく、全国の美味しいものを提供すること。

お客様は

その場所に行かなくても地元で全国のおししい魚が食べられていい。

川原正孝社長はいいます。

前までは博多のおいしいものを全国に出そうとしていた。今度は博多の人に全国のおいしいものを食べてもらおうという思いで店をつくった。

食を通じて地元福岡に貢献する。

株式会社ふくやの地域に対する思いは創業から今に至るまでずっと変わりません。

編集後記

相撲好きだった祖父は、九州場所で福岡に行くと、必ず「味の明太子」を買った。当時の佐世保の明太子と違って、色も香りも味も上品だった。わたしは子ども心に、きっとお金持ちが作っているんだろうと思っていた。そうではなかった。「ふくや」は、戦争引き上げの創業者が、ひたすらおいしいものを提供し、世に貢献するために創業した。製造技術をオープンにすることで市場が拡大するというビジネスの王道を貫いた。その経営理念は脈々と受け継がれ、明太子は、珍味でなく、庶民の惣菜として、広く、深く、今も親しまれている。

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カテゴリー:ビジネス関連
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プロフィール

嫁と4歳の息子の3人暮らしの30代後半のサラリーマンです。
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